耽美なあの人は初代黒龍総長の義理の弟

初代黒龍には姫がいる。
そんな噂がまことしやかに囁かれていたのには訳があった。

総長である佐野真一郎を始め、幹部陣が皆こぞって“彼”をまるでガラス細工のように扱うのだ。壊さないように割らないように慎重に丁寧に。
それぞれが重く絡み付くような独占欲を滲ませ、彼に危害を加えようものなら二度と朝日を拝めないだろう。

そんな姫の名前は佐野太郎。佐野真一郎の血の繋がらない弟だ。太郎は真一郎の父である真の親友の忘れ形見だった。その親友は妻に先立たれ、さらに自身も病気で余命幾ばくもないことが分かり養子として託したのだ。
斯くして真一郎と太郎の間には同い年ながら双子ではない、不思議な兄弟関係が結ばれたのだった。



太郎はその名に恥じぬ美しさがあった。
人を魅了し、狂わせる、まるで満月のような神秘的な美しさだ。誰もがその花を手折って、我が物にしたがった。だから誰にも奪われないように真一郎はその花をずっと守り続けていた。


十歳下の万次郎にとって、太郎は初恋の相手だった。物心ついた時から完成された美が傍にあって、心を奪われない者はいないだろう。真一郎が太郎を過保護に扱えば扱うほど、万次郎は真一郎の手からそれを奪いたくなるのだ。そしてそれはもう1人の弟のイザナも同じだった。真一郎が弟だと連れて来た太郎を見て衝撃を受けた。到底同じ人間だとは思えなかったのだ。神なんぞ信じていないイザナだったが、太郎こそが神の遣いだと思った。だから太郎の言うことは素直に聞いた。


イザナが真一郎と血の繋がりがないと知ったとき浮かんだのは、悲しみと怒りと、そして絶望だった。
でもそれを救い出してくれたのは太郎だった。
血の繋がりだけが家族じゃないと言う真一郎の言葉には納得できなくても、太郎が言うと理解出来た。それほどまでに太郎は佐野家に馴染んでいた。家族の中心だった。





真一郎が黒龍に属していたとき、太郎を何度も喧嘩に巻き込んでしまった。
例えば喧嘩で負かした相手が報復のために太郎を狙ったり、太郎を誘拐して真一郎たちが手出し出来ないようにしたり。その度に相手を完膚無きまでに叩きのめしてきた。

黒龍が最強のチームになる前、例の如く太郎が攫われた。それは酷い雨の日だった。
いつもであれば《太郎を返して欲しければどこそこに来い》などといった連絡があるのだが、その時はまるで無かった。ただ20時過ぎても家に帰って来ず、連絡もない太郎に真一郎が痺れを切らして黒龍を招集した。そして武臣が太郎の傘が道端に放られているのを発見したのだった。



夜明け頃、太郎は意識を失った状態で寂れた廃工場の一角で見つかった。
乱された服はとうに意味を為しておらず、生臭い匂いがこの惨状を物語っていた。太郎の身体や辺り一面に飛び散った体液から相手の人数が数人ではないことがわかる。
太郎の身体には遠慮なく握られたのか、赤い跡が鎖のように付いていた。腕や腰、腿、足首に至るまでそれはもうびっしりと。
真一郎が特服を太郎にかけるとそのまま包んで抱え上げた。その日はそのまま家に帰った。真一郎の剣幕に周りは何も口を挟めなかった。

廃工場の外にあった無数のスリップ痕から常習的にここにたむろっていたチームが犯人だということは想像に難くなかった。
実際そのチームはつい先日下したばかりで、雌雄を決したとはいえ恨まれていてもおかしくなかった。


目を覚ました太郎は誰も責めなかった。真一郎や黒龍は勿論、犯人に恨み言を言うことはしなかった。
そのくせ自分は謝るのだ。迷惑かけた、と。
その日のうちにそのチームは跡形もなく消え去った。文字通り影も形もなく。



それからというもの真一郎の過保護はさらに悪化した。真一郎だけでなく黒龍のメンバーも騎士のように彼を守った。それが黒龍の姫という呼称に拍車をかけることとなった。







▼△▼△▼

「なぁ、場地って恋とかしたことある?」
マイキーたちと別れたあと、少し声を潜めながら一虎が囁くように話し掛けた。よく見ると頬は少し赤らんでおり、視線は所在なげにうろうろと右往左往にさまよっている。
「あー、まぁ?一応」
想い人である年上の麗人を思い浮かべながら照れ臭そうに答えた場地に一虎は目を瞬かせた。
「じゃ、じゃあアタック方法を教えてくれ!」
相談相手を間違えていることに気が付かない一虎は頼み込むように頭を下げた。


「相手がどんな人だか分からないと答えられない」と最もらしいことを言った場地を連れ、一虎はその人がいた場所へと足を運んだ。
だが実際、場地も想い人へのアプローチ方法に頭を悩ませており一虎に教えられるようなことは無い。ただ一虎の好きな人が知りたかっただけであった。

「ここから出てきた。店のヤツと仲良さそうだったけど、多分店員じゃなさそう」
S・S MOTORと書かれたバイク屋を指差すと、そっと電柱の陰に隠れるようにして息を潜めた。
「何やってんだ?」
「あの人が今いるか分かんねえから様子見」
お前も隠れろと言わんばかりの一虎に倣うようにして場地もそっと隠れた。
十分程そうしていると入口付近に人影が見え、やがて一人の青年が姿を現した。
「真ちゃん。あんまり遅くまで作業しちゃ駄目だよ」
「分かった分かった。そろそろ太郎のメシも食いたいし、今日はキリのいいところで店閉めるわ」
仲睦まじげにそう話す二人に一虎はキリリと歯を食いしばった。

「場地、今出てきたあの人」
「太郎くん!」
一虎の言葉を聞いているのかいないのか、場地は店から出てきた青年に飛びついた。
「太郎くん今から帰るのか?送ってく!」
「ほんと?お願いしようかな」
「じゃあケイスケ、太郎のこと頼むわ」
「おう!」
先程の二人の会話に混ざる場地に一虎は不貞腐れるようにして近付いて、思い切り袖を引っ張った。
「場地!!!!!」
「あ、わりぃ」
「圭介のお友達?」
「おう!ダチの一虎だ。一虎も東卍のメンバー」
場地が一虎の背中を押すようにしてそう言うと、二人は微笑ましそうな顔をして笑った。
「いつも万次郎が世話になってんな」
「ありがとうね」
口々にそう言う二人に一虎は困惑して縋るように場地を見た。場地は首を傾げ、しばらくして閃いたように口を開いた。
「二人ともマイキーの兄ちゃん」
「え、太郎くんも…?」
「そう。あれ、僕のこと知ってたのかな」
今度は太郎が首を傾げた。その姿すらも美しく、一虎は息を呑んだ。そんな一虎に気付いていないのか、場地は悪意なく爆弾を投下した。


「あ、太郎くん!一虎が太郎くんのこと好きだって」
「場地!!!!場地!場地!!!!!!」
場地の暴露に一虎の全身が沸騰したかのように熱くなった。この気持ちを否定はしたくないが、かといって今告白するには早すぎる。そんな思いが絡まって、一虎はただ場地の名前を叫ぶことしか出来なかった。
「えーと、一虎くん?」
「ちが、あの、ちがくて、いやちがくもないけど」
ワタワタと首を振る一虎に太郎はふんわりと微笑んで、話の続きを促した。今まで自分の話を丁寧に聞いてくれる大人に会ったことがなかった一虎は、それだけで気恥ずかしくなってそのまま黙って下を向いてしまった。

「ま、太郎くんは大人になったらオレが貰うけどな」
「おま、ケイスケ、まじか」
慌てる真一郎に対し、太郎は嬉しそうに「ほんとに?」と無邪気に問い掛けた。
場地は当然とばかりに「おう」と返したが、すぐに一虎にどつかれていた。
「ずりぃ!オレも!オレも大人になったら太郎くんと結婚する」
「えぇー嬉しいな」
くすくすと笑う太郎はやはり美しくて、一虎はほうと見蕩れてしまった。





「ああは言ったけどよ、太郎くんと付き合うにはライバルめちゃくちゃ多いんだわ」
太郎を送ったあと、一虎と並走しながら場地がボヤく。
「マイキーだろ、イザナくんだろ、真一郎くんもそうだし、ドラケンもだし。あと生徒のヤツら」
「生徒のヤツら?」
「オレの学校のセンセやってんだ、太郎くん」
「は?」
羨ましさというのも通り越してただひたすら怒りしか無かった。あの麗しい人が教師とかそんなAVみたいなことがあってたまるか。一虎はそんな思いでいっぱいだった。
「塾の先生やってたからか教えんの上手いし、太郎くんの声なら眠くなんねえし、タイクツじゃねえし」
というが、実際授業時に起きてはいるものの、太郎の一挙手一投足を見ながらずっと「太郎くん可愛いなぁ」と考えているだけで何一つ身になっていないのである。そして「こら場地くん」とバインダーでぽふりと頭を小突かれるのも好きだった。他人行儀な呼び方に寂しさを覚えるが、先生の姿は場地しか知らないのだと思うと優越感があった。

だがそんな自慢げな場地に腹を立てた一虎が何気なく言った「場地の馬鹿!留年しろ!」が本当に叶うとは誰もが想像すらしていなかった。



△▼△▼△

「ホント何考えてるの」
「な、んでお前がいんだよ」
「ずっと電話しても繋がらないし、来てみたら家がこんなんだし」
「…太郎にだけは見られたくなかったのに」
「なんで?」
「かっこ悪いだろ」


「あのさ、臣くん」
「ん?」
「臣くんは自分で思ってるよりずっとカッコイイよ」
「は、こんなオレが?」
「そんな臣くんが。覚えてる?小さい頃、真ちゃんが風邪で学校休んだ時のこと」

冷たい風が吹き始めた秋の終わり頃、半袖短パンで過ごしていた真一郎は案の定風邪で寝込んでしまった。太郎はそんな真一郎を心配そうにみながら、迎えに来た武臣に背中を押され学校に向かった。
武臣は真一郎から何度も何度もしつこいほどに、「太郎を一人にするな」とか「必ず太郎を守れ」と言われ早々にこの家から離れたかったのだ。

真一郎が風邪で寝込んでいる中、申し訳ない気持ちはあったが折角太郎と二人きりでいられる時間を無駄にしたくなかった。今日一日は太郎を独占できると行きの足取りは軽かった。

しかし帰りはそうもいかなかった。もっと太郎と二人きりでいたい、家に帰りたくない、そう思ってしまった。だから武臣は少し遠くの神社に行こうと太郎を誘った。真一郎の風邪が良くなるようにお参りしよう、なんて口実をつけて。
それが誤りだったことに気付くのはすぐ後のことだった。



目の前には男に押し倒された太郎。武臣は木に縛り付けられていた。
狂ったように笑いながら太郎の身体を撫で回す男に武臣はただ恐怖を覚えていた。幸運なことに太郎にしか興味がなかった男は、一緒にいた武臣を適当に木に縛り付けただけだった。身体を何度かよじると武臣を縛るロープは段々と解けてきた。そんな武臣に男は気づいておらず、逃げようと思えば逃げられる状況だった。
最初は太郎を置いて逃げようと思った。男は太郎に夢中できっと逃げたところでバレないし、バレても追いかけてこないだろう。
だが男が太郎に顔を近づけた途端、その考えは消え失せた。太郎がこんな男にキスされるのが嫌だった。

武臣は思い切り男を蹴り飛ばすと太郎の手を掴んで走り出した。走って走って息が切れても走り続けて、それでも大人の方がやはり早くて男に捕まりかけたその時。
「何してるんだ!」そんな声で男の手が止まった。
乱れた服に息を切らせた二人の少年、それを追いかける異様な男。誰かが警察を呼んでくれたみたいだった。



「あの時から僕はずっと臣くんのことカッコイイと思ってるけど」
「…懐かしいなソレ」
「ね、臣くん。僕に出来ることがあれば何でもするからさ、もう一回頑張ってみない?」
「はぁ、お前に言われたら断れねえじゃん」

タダの人であった武臣は姫を守る騎士としてまた立ち上がった。それなりの立場があれば、また彼の傍にいられるはずだと奮起した。



▼△▼△▼

「あ、太郎くんじゃん」
「こら松野くん、太郎先生ね」
コンビニ帰りアイスを食べながら帰っていると太郎を発見した。場地のクラスの担任である太郎に千冬は懐いていた。
「太郎くんいつもこんな時間に帰ってんの?」
「今日はテストもあったし、特別遅いだけだよ」
「ふうん」
太郎は学校の人気者である。性別問わずきゃあきゃあと騒がれているのをよく見かける。そして千冬だけでなく、皆して彼を“太郎くん”と呼び、教師の中では誰よりも生徒に近しい存在だった。

「でも危ねえから送ってく」
「生徒に送って貰う先生なんかいません、気持ちだけ貰っておくね」
すげなく断られて面白くなさそうな顔をする千冬だったが、しかし太郎の言う事も尤もだった。


「太郎くん!って千冬もいんのか」
「場地さん!」
場地もコンビニ行こうとして太郎を見掛けて駆け寄った。そんな場地に千冬は嬉しそうに顔を輝かせた。
「奇遇だね、場地くん」
「太郎くんここ学校じゃねえからその呼び方やだ」
「えーと」
太郎は千冬のほうをちらりと見て、場地に大丈夫なのかと視線で問いかけた。知り合いとはいえ別の生徒の前でもう一方を名前を呼びするのは如何なものかということらしい。
場地はその意図に気付いてにっかり笑い、千冬の頭をポンと叩いて言った。
「太郎くん、千冬だ。ち、ふ、ゆ!」
「知ってるけど…」
当の千冬は頭にはてなを浮かべて場地と太郎を交互に見た。しかし場地のいい笑顔の前では疑問を口にすることは無かった。
「はいはい、圭介と千冬ね」
「あ、はい」
先程までタメ口だった千冬だったが、場地と親しげに話す太郎に何だか敬語を使ってしまった。


話しながら場地は太郎を家まで送っていった。流れるように送られてしまったため、太郎は止めどきを逃してしまった。
千冬も場地と共に着いて行ったが、太郎が帰っていった家を見て驚いた。
「あの場地さん、ここって…」
「マイキーの家だろ」
「いやいやいや、え、太郎くんって」
そこまで言って千冬は太郎の名字が佐野であることを思い出した。

「マイキーくんのお兄さん、とか?」
「知らなかったのかよ」
場地は豪快に笑いながら帰路へ着いていった。




「太郎くん、おはようございます!」
「松野くんおはよう。どうしたの?そんな丁寧に」
気まずげに視線を逸らしながら、ボソボソと千冬が口を開いた。
「太郎くんマイキーくんのお兄さんだし、タメとか良くねえなって」
「あれ万次郎と知り合い?気にしなくていいのに」
ふふ、と笑う太郎は相変わらず美しいのだがその背後にマイキーの姿が見えるような気がして背筋が凍る思いの千冬だった。



△▼△▼△

それは太郎が大学生だった頃の話だ。
少しは家計の助けになるだろうと、太郎は塾講師のアルバイトをしていた。

「先生、ここ…」
控えめに裾を引かれ視線を向けると、この塾が誇る天才児の姿があった。
「この問題ちょっと難しいよね。うん、ここはね」
長い前髪で隠れていてその素顔は見えないが、真剣な様子は伝わってくる。解説後に無事問題をとき終えた少年は少し緊張した面持ちで太郎の添削を待っていた。
「すごいすごい、正解」
「先生の解説のお陰です」
などと謙遜する少年の頭を撫でながら太郎は柔らかい笑みを浮かべた。


「先生…僕は…」
「ん?」
「先生に将来の夢はありますか?」
「学校の先生になりたいかな」
「そう、ですか」
少年、稀咲は悩んでいた。
親からは医者だ弁護士だと将来を期待され、望まぬ職を押し付けられていたのだ。
「もし先生の親から教師になるなと言われたらどうしますか」
「なるよ。そんなの知らない」
珍しくいたずらっぽく笑った太郎が答えた。
「稀咲くんにも色々あると思うけど、でもやっぱ自分がやりたいことをするのが一番だと思う」
「はい!」
自信がついたのか稀咲は今日初めて笑った。




太郎が卒業し、塾講師を辞めて半年が経った。
稀咲は太郎に見合う人になる為、日々勉学に励んでいた。全国模試で一位を取ってももう褒めてくれる人はいない。いや上辺だけなら皆が褒めるが、稀咲が欲しいのはそれではなかった。

「あ、太郎先生」
そんなことを考えていた稀咲は視線の先に太郎を発見した。思わず声を掛けようとしたが、しかし太郎の周りには既に人がいた。
金髪やら辮髪やら一目で不良だとわかった。そんな彼らと太郎が楽しそうに談笑している。太郎のあんな楽しそうな顔を稀咲は見たことがなかった。


「…超えてやる。アイツらを超えて一番の不良になったら先生はオレだけを…」
そんな稀咲の呟きは誰にも届かなかった。