ぽんこつ!

東京卍會の集会は厳かに行われる。
総長の話の最中に笑うことは許されない。

そう、例え総長の斜め後ろに立つ小野寺の首に【二度と知らない人からお菓子を貰いません】と書かれたプラカードがぶら下がっていても、だ。


無事(?)集会が終わると場地は速攻ドラケンに捕まった。
「場地ィ!テメェよくもはるちゃんを誑かしやがったな」
「あ?あっ、はるちゃん!お前コイツらに話したのか!?」
ドラケンに威圧され、場地は小野寺に詰め寄った。
「だって甘いものいっぱい買ってくれたもん」
場地も半ばアイスで釣った手前咎められず、低く唸ることしか出来なかった。
「場地さん、何やったんすか」
「ん?ちゅーだよー!!千冬もする?」
「あ、おいコラ」
心配そうに場地を見遣る千冬だったが、小野寺の言葉にポっと顔を赤く染めた。自分を信頼してくれている右腕にそんなことを暴露されて、場地も耳を赤くして小野寺を注意する。

「はるちゃん!そういうことは好きな人としかしちゃダメだ」
千冬は恥ずかしそうに、しかし真剣に小野寺に言い聞かせる。対する小野寺は少し考える素振りをして、にへらっと笑って応えた。
「じゃあやっぱ千冬とちゅーする!」
「な、何言ってんだよ!!!」
嬉しさと驚きとが綯い交ぜになった表情で千冬が叫んだ。咄嗟に叫んでしまったが、小野寺は千冬の反応を見て酷く傷ついた顔をした。
「あ、好き同士じゃないとダメだよね。ごめんね」
「ちがっ!」
思わず小野寺に手を伸ばす千冬。しかしここからどうするのが正解だろうか。「オレも好き」とでも言おうものなら周りの小野寺過激派が黙ってないだろう。かと言って適当に誤魔化して小野寺を傷つけたままにするのも嫌だ。千冬は考え、考え、そして考えた。

結果、混乱して───

ちう、と小さな音と共に千冬は小野寺から離れた。
「これでわかれよ」
耳だけでなく首まで赤くなりながら千冬が言うと、小野寺は嬉しそうに笑った。


「ちぃふぅゆぅぅぅう?」
「場地さん!?ちがっ!あの!!今のはっ…!!」
千冬の後ろには般若の如く面構えの場地がいた。
そんな場地の顔を見て、千冬は自分が何をしたか理解した。ほぼ無意識での行動だったのだ。
嫉妬とドラケンに詰められた腹いせ少しで、千冬は場地に小突かれていた。




一方、小野寺はというと三ツ谷にハンカチで唇を拭われていた。
「タカちゃん痛い、痛いってば」
普段は穏やかで優しい三ツ谷が真顔で一心不乱に小野寺の唇を拭い続ける様は恐怖だったと、後にパーちんは語った。
「あ、悪い。大丈夫か?」
ふいに我に返った三ツ谷によって、小野寺の唇がタラコになることはなかった。
「もう!なに急に!!」
「悪かったって。ほらこれやるから」
三ツ谷がポケットから飴玉を取り出して、小野寺の手に乗せる。すると途端に小野寺の機嫌が良くなり、先程までの三ツ谷の行いなどすっかり忘れている。
創設メンバーのポケットには大体何かしらのお菓子が入っているが、その理由はこれである。

三ツ谷は小野寺の首からプラカードを取ると、上から何かを書き始めた。そしてまた小野寺の首に戻した。
以前の文章の下に付け足されたのは【二度と勝手にちゅーされたりしません】という文字。
小野寺はプラカードを見て首を傾げたが、三ツ谷の満足そうな顔にまあいいかと思考を放棄した。





***

松野千冬は尊敬して止まない人がいる。それは場地圭介という男だ。何よりも誰よりもカッコイイと思っている。
そんな場地から紹介された小野寺という少年は、華奢で線が細くて可愛らしい顔立ちをしていて、まあつまりは弱そうだった。場地から紹介されなければ仲良くしなさそうな人種だ。
場地に「はるちゃんを守ってやれ」と言われて了承したが、本当は少しだけ嫌だった。無条件に守られる立場にいるこの少年が好きになれなかった。


ある日、場地に恨みを持つ人間に絡まれた。場地もおらず一人で健闘したが人数があまりに多すぎた。
ついに立てなくなってこのままリンチされると覚悟を決めた時、通りかかった小野寺と目が合った。
「ッ逃げろ!!」
咄嗟に叫んだが、小野寺はそのまま近づいてきて千冬のそばに居る男を思い切り殴り飛ばした。
「こっからはおれが相手してあげるよ」
そこからは小野寺の独壇場だった。ちぎっては投げという表現があてはまるような、蹂躙ぶりだった。

「千冬ケガしてる、痛い?」
絡んできた奴らが逃げ出すと小野寺は心配そうに千冬を見た。そしてカバンから消毒液やらガーゼやらを出すとたどたどしい手付きで治療をし始めた。
「…助かったありがと」
「どういたしまして」
えへへと照れくさそうに笑う顔が、大人びて見えて千冬の胸がドキリと音を立てた気がした。

それからは千冬の小野寺に対する苦手意識は無くなった。しかし小野寺を見ると心臓の動きが早くなることに千冬は頭を抱えた。
「恋じゃない」「好きじゃない」何度も自分に言い聞かせても、気を抜くと小野寺の笑顔が頭に浮かんでくる。それでも認めるのは何だか癪だった。


その日、千冬はまた一人で歩いていた。
「ねえアイス買ってあげるからさ、駅まで道案内してくれないカナ?」
「アイスー?いいよー!!任せて!」
脂ぎった額に滲む汗にニヤついた顔でこの男は危険だと普通は判断するだろう。しかし小野寺は平気で男の車に乗ろうとしたのだ。

「ちょっ!はるちゃん!」
「あ、千冬だ」
助手席に乗る直前で声を掛ける。もし自分が通りかからなかったらと思うと千冬は恐怖した。
「そのオッサン知り合い?」
「んーん!駅までの道を知りたいんだって」
「ふぅん」
男の顔に焦りが浮かんでいるのがわかった。そんな男を千冬は蔑んだ目で見ながら、適当な紙に地図を書く。
「オッサン、やるよ」
小野寺の腕を引いて車から距離を取らせると、男に地図を渡す。男は顔を青くしながらそれを受け取ると、礼もそこそこに車で走り去っていった。

「あぁ、アイス…」
小野寺のその残念がる様子にようやく場地の「守ってやれ」の意味がわかった。小野寺は中学生にしてはあまりにもチョロすぎた。
「あんな男に取られるくらいなら」そう思ったところで、千冬はやっと小野寺への思いを認めた。好きだから、小野寺に触れようとしたさっきの男を殺したくなる。好きだから小野寺の喜ぶ顔が見たくなる。
買ってやったアイスを幸せそうに頬張る小野寺をみて千冬は「やっぱ好きだな」と思うのであった。



松野千冬には好きで好きで堪らない人がいる。それは春小野寺という少年だ。誰よりも何よりも愛おしくて可愛いと思っている。
そして先日の集会で千冬の尊敬して止まない場地も同じ人を好きだとわかった。前々からそうかもしれないと思っていたが、ちゅーをしたと聞いて確信に変わった。
それでも千冬は諦めない。場地は自分に気を遣って身を引くような真似をしたら怒るような漢気のある人だ。だから正々堂々と勝負するのだ。


***

一虎は犯罪を犯しかけたことがある。
友人の兄の店で窃盗をしようとしたのだ。そんな不義理を犯さなかったのは、今隣で眠る小野寺のお陰である。
偶然とはいえ、手を汚す前にマイキーの兄の店だと知ることが出来た。あの日小野寺が一虎たちに声を掛けなかったら…それ考えるとゾッとする。
兄の店から盗まれたものをプレゼントされて喜ぶ人はいないだろう。一虎自身も一生悔やむに決まっている。
だから一虎は小野寺に救われたと勝手に恩義を感じているのだ。

「んぅ…んん?」
昔のことを思い出していたら小野寺が目を覚ました。眠そうに目を擦りながら不思議そうに一虎を見る。
「起きたか?」
「起きたけど、虎くんなんで?」
言外に「教室間違えてるよ」と言いたげな小野寺に苦笑いが漏れる。
「はるちゃん、もう放課後だって」
「え!ウソ!!おれいつから寝てた?」
「知らねぇよ」
ほら帰るぞと小野寺のカバンを持って急かすと、慌てたようにパタパタと着いてきた。

大方一日中寝てたのだろう。先日、マイキーとドラケンが学校に襲来したが小野寺は夢の中だったらしい。二人が少し残念がっていた。
学校で活躍する小野寺の姿を見られるのは一虎の特権だ。学年が違うため同じ授業には出られないが、体育などは小野寺を眺め放題だった。

「虎くんちょっと機嫌いい?」
「なんで?」
「ふいんき!」

「ホントはるちゃんは馬鹿だなぁ」と思う一虎だったが、馬鹿な子ほど可愛いというのは本当なのだろう。
ルンルンと鼻歌を歌いながら白線の上を歩く小野寺を見る一虎は優しい顔をしていた。

こうやって一緒に帰れるのも一虎だけの特権である。



*****
12年後

《タケミチ&ナオト》
「春小野寺、ですか?」
「うんそうなんだよ。マイキーくんたちの大事な人って感じでさ」
「なるほど。春小野寺に会えば東卍が巨悪化した原因が掴めそうですね」


「はるちゃんくんどこにいるか分かった?」
「…それが数年前から行方不明でした」
「行方不明!?」
「東卍が関係しているのは間違いないでしょう」




《タケミチ&ドラケン》
「はるちゃんは稀咲の奴に連れてかれた」
「稀咲に?」
「あぁ。頼むタケミっち、はるちゃんを助けてくれ」
「…ドラケンくん」
「はるちゃんはオレたちの大事な奴なんだ。稀咲なんかに奪われていい奴じゃないんだ」
「…………。」