メイド喫茶で働いてたら、知り合いが仮装してやってきた

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

今日も今日とてバイトに勤しむ。
特に今日は稼ぎ時だ。今月の頭からお客様投票で1番だった仮装をしての接客なのだ。そう今日はハロウィン。パリピが騒いで喚いて大乱闘の年に一度のお祭り騒ぎのあのハロウィンだ。

そんな俺の格好はよくある悪魔だ。だいぶ普段より露出が多いが、男(の娘)の露出の何が良いんだか。金払いが良くなきゃとっくに辞めてる。
それにハロウィンは頭まで茹だったヤツが多いのか、セクハラが普通に罷り通っている。注意してもキリがないから今日くらいは黙認するしかない。


「オレの小野寺くんに触ってんじゃねえよ」
俺の尻をまさぐってたヤツが消えたと思ったら拳を握り締めた一虎がいた。そんな一虎の背中には悪魔のような羽が見える。一虎も仮装して来たようだ。
「はいはい、助けてくれてありがとね。でも喧嘩はダメだぞー」
「小野寺くん!オレと一緒だ!可愛い」
俺の話を聞いてないようでニコニコと褒めてくれた。でも俺は別に一虎の小野寺くんじゃないです。
「一虎先行くなよ!」
「あ」
後からケイスケがやってきて咎めるように言うと一虎はすっかり忘れてたようでやらかしたという顔をした。ちなみにケイスケは狼男の仮装でよく似合っている。
「あれ、その子だあれ?」
ケイスケの後ろからひょっこり覗く金髪の子は初めましてだ。可愛い猫耳の魔法使いのような格好をしていた。
「千冬だ!はるちゃんくんは会ったことねえか」
「どもっす」
「三ツ谷小野寺です、よろしくね。耳可愛いね」
そういうと千冬くんは照れくさそうに俯いてしまった。あいつらには無いこの新鮮な反応が可愛くて仕方ない。
「小野寺くん。千冬ばっか構ってんじゃねえよ」
ぷくぅと拗ねた顔をして俺に抱き着く一虎は可愛いけど、千冬くんが引き攣った顔でそれを見ていた。
確かに俺やケイスケからしたら見慣れてても、よく考えたら普通の反応だよね。


「それで、そのカッコどうしたの?」
「たい焼きをタダで食えるって聞いたマイキーが総長命令とか言いやがって」
嫌そうな顔でケイスケが話す。どうやら万次郎の無茶振りだったらしい。というかなんだその横暴ハロウィン。
「あのそれより小野寺くん?は一虎くんとどういう関係なんスか?」
「恋人!」
猫耳を弄りながら恥ずかしそうにする千冬くんが話題を変えるように尋ねる。それに何の迷いもなく一虎が答えた。この野郎、曇りない眼で嘘つきやがった。
「あー、弟分みたいな?」
「はるちゃんくんそれ三ツ谷に言うなよ」
普段はペヤングと喧嘩のことしか考えてなさそうなケイスケが苦い顔をしながら忠告してきた。よく分からないけどとりあえず頷いておく。隆は怒らせたら滅茶苦茶怖いのだ。俺が一番怖いものは怒った隆かもしれない。




「…せない」
じぃーとメニューと睨めっこしていた一虎が唐突に何かを言った。
「ん?」
「許せない」
バシンとメニューを叩きつけると一虎は目に涙を浮かべながら俺に絡み付いてきた。
「小野寺くん皆にこんなことしてるの?なんで?オレだけの小野寺くんなのに。手繋ぎオプションとか何それずるい。オレだってまだ繋いだことないのに。小野寺くんの写真とか絶対キモイことに使ってる。許せない。殺していいよね。オレの小野寺くんに手出したヤツ全員殺す」
「うーん。一虎の小野寺くんじゃないんだな〜それが」
ノンブレスで話す一虎にそう言えば「やだ」と駄々っ子のようにふてくされ、俺に抱きつく手に力を込めてきた。
「か、一虎くん?」
「気にすんな、いつものことだから」
一虎の唯ならぬ気迫に千冬くんが心配そうに声を掛けるが、ケイスケは慣れたもんでハロウィン限定ドリンクを選んでいた。ちなみにケイスケが選んだそれオプションでポッキーゲーム付いてるけど。
余談としてあと3cmのところで折っていいという内部ルールがあるのは客には言えない。



ポッキーゲームとかほっぺにチューとか恋人繋ぎとか膝の上に座るとか色々やったけど、三者三様皆の反応が可愛かった。千冬くんとケイスケは初心そうだなとは思ってたけど、一虎まで嬉しそうに顔を赤くするからさすがに良心が痛む。ごめんね商売で。
こんな素直な反応をされるとは思ってなかったから、ちょっと癒された。隆とかじゃ余裕そうに笑われるだけだからな。



存分に人の写真を撮りまくって三人は帰って行った。今日のところは俺も可愛い格好の三人の写真撮りたかったからウィンウィンだ。
後日、悪魔っ子はるちゃんちゃんと名付けられたその写真が東卍の中で高値で売買されていたことは隆から聞いて分かった。
いい大人が子供に大金を握らせようとするな。真一郎くん。





▷▷▷

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

三人が帰ったと思ったらまた新たなご指名だ。さすが俺、人気ナンバーワンは伊達じゃない。
と自画自賛くらいは許して欲しい。ハロウィンだか何だか知らないけど客が来すぎなのだ。この際どい衣装も大人気である。

「バハッ、マジではるちゃんちゃんかぁいいカッコしてんじゃん」
…今日に限ってなんで来るかなぁ。
めんどくさいヤツトップ3に入る男、半間修二が来た。ちなみに1位は断トツ灰谷蘭というセクハラ男だ。

「半間くん何しに来たの、マジで」
「修二でいいって言ってんだろー?」
「コホン、シュージクン何しに来たの?」
ニヤニヤと笑いながら名前で呼ばないと答えないぞオーラを放つ半間くんもとい修二くんに再度尋ねた。
「稀咲に頼まれた。はるちゃんちゃんの写真を撮ってこいだってよ」
「色々突っ込みたいとこあるけど、修二くんがわざわざ来るなんて珍しい」
鉄ちゃんなら適当にNOと言えない舎弟とかに命じて撮りに行かせそうなのに。
「あ?他のヤツだとはるちゃんちゃん指名出来ねえって」
「あーそっか。今日ご新規さんは厳しいかもだ」
ハロウィンは超混むからリピーター客優先で、一見さんは空いてたら指名を通すようにしている。ナンバーワンの俺に空きなどある訳もなく、こうして顔見知りである修二くんがわざわざ出向くことになったらしい。

「そういえば髪、下ろしてるんだ?」
「はるちゃんちゃんがそっちの方かイイつったから」
口癖のだりぃと共にそんなことを言うから胸がキュンとなった。この図体でこんな可愛いことある?
「ふふ、ありがと。やっぱ普段もカッコイイけど、そっちの方が好きだなあ」
「…だろ〜?」
得意気に言ってるけど耳が赤いのが丸見えだ。高1らしい詰めの甘さが若さを感じて微笑ましい。
笑ってる俺に気付いて何か言いたげに睨んでくるのも可愛い。修二くんのそんな顔は珍しいし、いいものを見た。


「はるちゃんちゃん、調子乗ってっと痛い目見るぜ?」
でもそう言って人の腰周りを撫でてくるところは可愛くない。露出の多い悪魔コスは絶好のお触り日和のことだろう。蘭といい、セクハラさえなければモテるだろうに残念なヤツ。
「まだ若いんだからそんなオッサンみたいな真似しないの」
オッサンと称したのが嫌だったのか素直に手を引いていった。苦々しげに顰められた眉も不本意だと物語っている。
「で、写真だっけ?」
「お〜。稀咲が喜びそうなヤツな」
鉄ちゃんが喜びそうな写真とは?そもそも何でわざわざ俺の写真なんか欲しがるのかもわからない。今日だけで体感数百枚はチェキ撮ってるし、弱みになるわけでもないし。いや嫌だけど。弱みっちゃ弱みだけどさ。

鉄ちゃんが喜びそうなヤツが全くもってわからないから、俺だけでなく修二くんも被爆しそうな写真を撮ることにした。
まず向かい合うようにして修二くんの太ももに跨り、首に手を回す。そして近くにいたスタッフにカメラをお願いしてシャッター音が鳴る前に修二くんの頬にキスを落とした。これでどうだ。
「バハッ、いいんじゃねえの?」
突然の事で驚いてた修二くんだったけど、チェキを見て喜んでいた。楽しそうな割に「稀咲キレるだろうなあ〜」とか言ってるけど大丈夫かな。
「あ、一虎にも見せるか」
「マジで止めて」
修二くんの元に押し掛けてくれるならまだいいけど、俺のところに来て号泣する可能性もあるから余計なことはしないでください。一虎の情緒を虐めないであげて。



散々俺を弄って満足したのか修二くんは大人しく帰っていった。退店直前にほっぺにキスされたけど、修二くんなりの仕返しなのだろう。やっぱそういうところがまだまだ子供で可愛いと思う。



▷▷▷

バイトも終わり、いつもだったらメイクを落として普通の服装で帰るが今日ばかりはそのまま帰っても目立たない。
俺に付いてるキモ客から貰った(何故か)サイズピッタリの黒魔女衣装を身にまとい店を出た。今度は店員としてでなくハロウィンを楽しみたいのだ。

「はるちゃんちゃん取ーり!!」
そんな俺の目論見は開始5分も経たずに終わった。店を出てしばらく歩いたところで蘭ちゃんに後ろから抱き着かれたのだ。
「蘭ちゃん奇遇だねーじゃあねー!」
「させねえよー?」
逃げようとしてもすごい力で抱き着いてくる。なんだコイツ。
「兄ちゃんはるちゃんちゃんいた?…って何してんの」
「はるちゃんちゃん捕獲してんの」
竜胆の冷たい目を見ても動じないとかもう流石としか言いようがない。というか竜胆くんや…それ…。
「わぁ、かの灰谷兄弟も仮装とかするんだ。血糊ベッタリで殺人鬼の仮装かなー?」
「ん?これ?返り血!」
だろうね!なんでキラキラ笑顔でそんなこと言ってくるかな竜胆くん。
「はるちゃんちゃん魔女っ子可愛いね♡」
「背中に手を突っ込むな」
可愛い可愛い竜胆くんや、後ろのセクハラ兄貴を止めてくれ。マジで。


「わざわざここにいるってことは、うちの店来たの?」
「そう。寄ったのにいなかったから兄ちゃんが探し出せって」
「お前もノリノリだったろー?兄ちゃんのせいにすんな」
ベターと蘭を背中に貼り付けたまま適当に歩く。ちらほらコスプレ姿の人を見掛けるから、そこまで悪目立ちはしてなさそうだ。
灰谷兄弟に付いた返り血も今日だけは許される。というかそうじゃなきゃ一緒に歩かないけど。

「あ、はるちゃんちゃんTrick or Treat!」
「オレも!」
蘭が思い立ったようにそう言うと、竜胆も乗ってきた。二人の目はイタズラしたくて堪らないというようにキラキラうずうずしてた。だいたいこの二人がお菓子をねだるとは思えないし、イタズラが本命なのはわかりきってる。
「はい」
だからこそお菓子をあげるのが平和的なのだ。コイツらにイタズラなんかされてみろ。いやむしろ何されるのかわからなくて怖すぎる。
「ええーはるちゃんちゃんそこはイタズラでしょ?」
「オレ兄ちゃんみたいに酷いことしないし、イタズラさせてよ」
「お菓子で我慢してくださーい」
お菓子を押し付けると不満げにしながらポケットに入れていた。ちゃんと貰うんだ。てっきりいらないと言われるかと思った。


「はるちゃんちゃんそういえばどこ行くの?」
「え、帰るだけだけど」
「「は?」」
「え?」
は?の怖さに思わずたじろぐ。さすが双子、息ぴったりですねとか言ってられない。普通に怖い。
「今日デートするって聞いた」
「はるちゃんちゃんのとこの店長が言ってた」
拗ねたような口振りで交互に話す二人に首を横に振る。ちょっとしたお菓子でも買って帰ろうとはしたけど、別にデートも何も無い。
「んー。じゃあする?デート」
まあルナマナ用にお菓子買ってくだけだけど。マイキーたちも仮装してるなら買ってこうかな。
「「する!!!!」」
両隣から腕を取られ、急にご機嫌になった二人と恋人繋ぎをして買い物をした。ハロウィン限定カップル割とかでちょっと揉めたけど、何だかんだ楽しかった。

だからまあ絡んでくる酔っぱらいと喧嘩しないならまたデートしてもいいかな、なんてね。