場地さんはオレの幼馴染みにお熱らしい(場地)

「ちぃ!聞いてよ!!!」
オレの元にやってきてぷりぷりと文句を垂れるのは、幼馴染の小野寺だ。小さい頃と変わらず今でもお互いを「ちぃ」「はるちゃん」と呼び合うほどには仲が良い。
「さっき場地くんの部屋でゴロゴロしてたら、急に怒られたんだよ!もう意味わかんない」
「あー…」
はるちゃんは鈍いというか、天然というか、緩いところがある。場地さんの好意に一向に気付かないのだ。場地さんとはるちゃんが付き合うのは大手を振って応援するけど、はるちゃんがこうも鈍いとそれは大分先のことになりそうだ。
で、恐らく場地さんに怒られたというのも服がめくれて腹が見えてたとか、短パンの裾がめくれ上がって際どいところが見えてたとか、偶に「可愛すぎんだよ、ふざけんな」と怒る時もある。場地さんも場地さんではるちゃんの鈍さに色々キてるみたいだ。
場地さんは基本的にはるちゃんに何されても(髪を編み込まれても、ツインテールにされても)怒らないけれど、自分の理性がぐらつく時は怒る。らしい。
「他の男の家でやってねぇよな」とオレに何十回も確認してきた。数回目くらいからは流石に本人に聞けと思ったのはここだけの話。

「場地くんすごい怒ってたから、俺もムカついて場地くんのシャツそのまま着てきちゃった」
「そのまま着てきたってその服場地さんの?はるちゃん、お前もしかして勝手に着たの?」
「うん。場地くんの匂い好きだし、大っきいなあって思ってちょっとだけ借りたの」
今回怒られたのはそれだな。「人の服着るな!匂い嗅ぐな!可愛すぎんだろバカ」とかそんな感じだ。そもそもはるちゃんは人との距離感が近すぎる。勝手に人の服着るなんてダメだと注意したいけど、多分場地さんは喜んでただろうな。そして今頃はるちゃんが出て行って少し落ち込んでるはずだ。
「ほらはるちゃん、場地さんに服返しに行けって」
「えぇー。すごいいい匂いするのに。これギュッてしながら寝たら、絶対しあわせだよ」
頼むから場地さんに言ってやれ。

「でもなんでTシャツ?はるちゃんのことだから特服とか着そうなのに」
「あれは場地くんが着るからカッコイイんだよ!分かってないなあ」
ムカつく。が、確かにその通りだ。場地さんが着るからカッコイイ。その一言に尽きる。
「ちぃの特服姿も好きだよ!」
「嬉しいけど、それ場地さんがいるとこで言うなよ」
場地さんのことだから「千冬ぅ」と何か言いたげな目で見てくる。でもその後はるちゃんに褒められると心底嬉しそうに破顔する。とても分かりやすい人だと思う。

「あ、そうだ見て見て」
そう言ってはるちゃんが携帯の画面を開いて見せてきた。
そこにはいつ撮ったのかペケJと場地さんのツーショットが写っていた。
「待ち受け可愛いでしょ」
「…はるちゃんはこれ以上場地さんをどうする気だよ」
前から思っていたけど、はるちゃんも大概場地さんが好きだな。それが敬愛なのか、情愛なのかは分からないけれど、オレに向ける以上の感情を持っている気がする。そこは長年一緒に過ごした幼馴染として少しだけ嫉妬するけれど、場地さんが幸せになれるならそれに越したことはない。
「場地くんこんなに可愛いのに彼女とかいないのかなあ」
「場地さんに対して可愛いって言えるの多分はるちゃんだけだと思うけど…。はるちゃんは場地さんに彼女出来てもいいの?」
場地さんは確かに可愛いところもあるけど、基本はカッコイイ人だ。それを平然と可愛いと言ってのけるはるちゃんはやっぱり緩い。
「場地くんに彼女…。なんかやだなあ」
「なんで?」
「場地くんが取られちゃうのやだ」
場地さーん!チャンスですよー!告ればいけるっスよコレ。と全力で場地さんにテレパシーを送ってみた。そうでないと幼馴染の恋バナ(?)は平常心では聞けない。別にはるちゃんにそういう気持ちは抱いてないけど、やっぱり場地さんのものになると考えるとちょっとだけ寂しい。オレも幼馴染離れしないとな。

「じゃあオレと付き合おうぜ」
「場地くん!?」
メールで場地さんに来てもらうように頼んでおいた甲斐があった。
颯爽(息たえだえだが)と登場した場地さんに、はるちゃんも驚いている。そして開口一番の台詞で告白とは。流石場地さん、カッケェ。
「オレが取られんのやなら、はるちゃんがオレのもんになればよくねえ?」
「なるほど。俺が場地くんのものなら場地くんも俺のものだもんね!」
「いや、え、いいんスか。場地さん?」
ちゃっかり場地さんを独り占めしようとしたはるちゃんに苦言を漏らそうと口を開くも、場地さんがすげえ満足そうだからそれでいいらしい。

「でもちぃも可哀想だから、場地くんの腕一本分くらいは分けてあげるね」
「そうだな。はるちゃんの腕一本分千冬にやるよ」
「ありがとうございます?」
なんなんだこの無意識バカップル(?)。微笑ましいような微笑ましくないような。

後日、正式に場地さんから告白したらしい。
顔を真っ赤にして興奮状態のはるちゃんから聞いた。とりあえず場地さんが楽しそうだから、一件落着だ。


「ちぃ!聞いてよ!!!」
少し嫉妬深い場地さんに怒られ、今日もはるちゃんはオレに文句を言いに来る。
オレはそれを宥めながら、場地さんがはるちゃんの好物である栗どら焼きを買ってうちに来るのを待つのだ。
はるちゃんはそれに機嫌を良くして、一生懸命三等分してくれる。大体一番大きいのを場地さんにあげて、それに気付いた場地さんが嬉しそうに笑って。
はるちゃんは口に出さないけれど、このやり取りがはるちゃんなりのごめんなさいなのだ。二人の喧嘩にオレを巻き込むなって言いたいけど、意外とこの役割が嫌いじゃない。腕一本分ずつぐらいはオレのなんだから、きっと許されるだろう。
こんな穏やかな日常が好きだった。








「ちぃ…なんで…」
はるちゃんはもう何日も眠れていなかった。
目の下を真っ黒にして、でも目は真っ赤に泣き腫らしていた。

場地さんの死はオレが直接伝えに行った。
その場で茫然と立ち竦み、現実が受け入れられないようだった。暫くして無言で涙を流して、その姿はあまりに痛々しかった。
「はるちゃん…」
「ちぃ!!!場地くんと一緒にいたんでしょ!なんでよッ!なんでだよ…」
オレに掴みかかったと思えば、そのまま膝をついて泣き崩れて、オレには謝ることしか出来なかった。
「ごめん…」
「ごめんちぃ。そんなつもりじゃなかった。ごめん、ごめんね、ちぃ」
それからオレたちは一緒になって泣いた。いつもだったらオレの腕の中にいるはるちゃんに、場地さんが怒るのに。


あれからはるちゃんだけが前を向けないでいた。
場地さんの死を忘れられず、時折思い出しては泣いてしまう。あの頃みたいに無邪気に笑う姿をもうずっと見ていない。
場地さんがいたらきっと心配するだろう。はるちゃんのために栗どら焼きを買ってきて、はるちゃんの笑顔を見たら場地さんも安心したようにニカッと笑うんだ。
それから、それから───









場地さん、やっぱりオレじゃはるちゃんを笑顔にできないから。腕一本分のオレは場地さんの代わりにはなれないから。

せめてどうか天国からはるちゃんのこと見守ってて下さい。