東卍の女王様

「俺の下につく?何言ってんの、お前」


タケミチの目の前には長く艶のある黒髪を靡かせながら堂々と立つ美少女がいた。
ヒールの細いブーツを履き、東京卍會の特服を着たその美少女の一人称はまさかの『俺』で、耳を疑った。
けれどそれよりも、だ。
その美少女の前には屈強な不良たちが血を流して倒れていた。状況的にもその少女がやったとしか思えない。

こっそり様子を伺うタケミチに気付かず、不良たちは彼に「貴方の下につかせて下さい」と頭を下げ、その答えが冒頭の台詞だ。


「俺の下につくなら傅くぐらいはしてよね。靴でも舐めるとかさ」
そう言うや否や、一人の男が彼の前に跪きそっと足を持ち上げ、そのまま舐めた。
タケミチはあまりの光景に驚き、食い入るように見つめてしまった。どうにも彼が様になりすぎていた。
「これでどうでしょうか」
「ふん。靴が汚れちゃったじゃん」
その傍若無人ぶりに不良が可哀想に見えて、思わず口を挟もうとしたがそれも杞憂だったようだ。
「…だから新しい靴買う時の荷物持ちくらいはしてよね」
「ッ!勿論です」
美少女の言葉に感涙する厳つい不良。その不良が周りに転がる不良たちのボスだったのだろう。この喧嘩は不良たちが彼女の元に下ることで無事幕を閉じた。






「ということがあったんスけど、東卍に女王様みたいな美少女います?」
先日見た光景が忘れられず、一人悶々としていたタケミチだったがついにマイキーたちに尋ねることにした。
「ふはっ、マジか。確かに女王だなアイツ」
「タケミっち、ナイスセンス!」
ドラケンが吹き出したあとに腹を抱えて笑いだした。マイキーもタケミチを褒めつつ、同様に笑っている。タケミチ一人だけがついていけずにいた。


「ちょっとパー!今おばあちゃんいたでしょ!ちゃんと減速してよね」
「へぇへぇ」
そんな時やかましくやって来たのは当の女王様と、パーちんだった。女王様の小言を口うるさそうに聞き流すパーちんはもう慣れたものだった。ただ次から、おばあちゃんおじいちゃんの近くではしっかり減速するのがパーちんの良いところである。

「あ、あの時の女王様…」
それに気付いたタケミチがそう漏らすと、再びマイキーとドラケンのツボに入ってしまったのかヒィヒィ言いながら笑い転げている。
「何やってんだ?」
そんなふたりの様子にパーちんは首を傾げたが、あまり気にしていないようですぐに思考を放棄した。
「何してんの」
対する女王様が浮かべるのは疑問符ではなく、侮蔑である。顔にはしっかり『ドン引き』と書かれていた。

「君確かタケミっちくんだよね。コイツら何」
自分を見て笑っていることに気付いた女王様が心底気持ち悪いとでも言うように尋ねた。トップふたりに対して中々冷たい視線である。
「あ、いや、マイキーくんたちは悪くなくて!女王様についてオレが聞いたらこうなったと言いますか」
「何その女王様って」
機嫌悪そうにヒールでトントン土を掘る姿に、あの後踏まれていた不良たちがチラついた。ビビって言い淀むタケミチを知ってか知らずか、復活したドラケンが口を挟む。
「コイツがお前のこと女王様みたいだとよ」
「はぁ?意味わかんないんだけど。てか俺男だし」
その言い方もそれっぽいとは言わず、乾いた笑い声を漏らすことしか出来なかった。が、鋭い目付きで睨まれてタケミチは先日見た事を正直に白状した。

「ちがっ!たまたまだから!毎回靴舐めさせてるわけじゃないから!勘違いしないでよね」
タケミチが見たそれはたまたま偶然であることを必死にアピールする女王様。そして女王様は近くにいたパーちんに確認するように尋ねた。
「違うよね?俺普段からそんなことしないよね」
「………オウ」
パーちんは馬鹿だが空気が読める馬鹿だった。例え目が斜め上を向いてあからさまに嘘だとわかる嘘だとしても、空気を読んで肯定した。

「でも太郎のとこの隊員、皆お前の靴舐めたがるよね」
ここで空気の読めない男、マイキーがぶっ込んだ。
「は、はァ?俺の隊員をそんな特殊性癖みたいに言わないでくれる?」
後ろを向いて肩を震わせているドラケンは置いといて、タケミチは目をぱちくりと瞬かせた。この女王様率いる部隊なら有り得そうという感情と、女王様の正気を疑う感情が綯い交ぜになっていた。
「…あの、太郎くん?は隊長なんですか?」
「気安く名前呼ばないでくれる?」
もうなんなんだよ!とタケミチは思ったが、勿論そんなことを言えるはずもなく苦笑いをしながら謝罪した。
「タケミっち、悪く思うなよ。太郎は人見知りだから許してやってくれ」
コソッとドラケンが太郎を庇うように教えてくれたが、人見知りだと言う割には態度がでかい。初対面のタケミチにも関係なく尊大な態度をとる目の前の女王様が人見知りだとは到底思えなかった。

しかし数週間後にはタケミチもドラケンの言っていた意味がわかるようになった。



「タケミっち。ちょっとそれ取って」
当たり前のようにタケミチをパシる女王様だが、その体勢が問題だった。太郎は床に座っているタケミチの後ろからバックハグ状態で前に体重をかけ、寄りかかっているのだ。そしてタケミチの腹に腕を回したまま、ポチポチと携帯をいじっている。
太郎はそういうところがあった。慣れてくると冷たい口調とは裏腹に、距離感が近くべったりと甘えるような態度を示す。未来から来たタケミチには太郎の本質がわかった。ツンデレだ。
この時代はあまり用いられていない言葉だが、そう表現するのがいちばん的確だと感じた。

この絶妙なツンとデレのバランスにタケミチも多少ぐらつきはしたが、ヒナがいるためグッと堪えられた。しかし恋人がいない他の不良たちにとって女王様は毒であろう。だから実際女王様から構ってもらうためなら喜んで靴も舐めるしパシられもする。マイキーの言う特殊性癖もあながち間違いではないかもしれない。



「ねえタケミチー。ちょっと俺のこと助けてくれない?」
ダラダラしたままの太郎にそう言われ、タケミチは首を傾げた。
「内容にもよりますけど、オレに出来ることなら?」
「ちょっとストーカーが気持ち悪いから、どうにかしてほしい」
「ええっ。それマイキーくんたちに手伝ってもらったほうがいいんじゃないすか?」
タケミチのケンカの腕は下から数えた方が早いレベルだ。到底ストーカー相手に適うとは思えなかった。第一、この特服を着た女王様をストーキングするなんてそのストーカーはまともな神経じゃない。
「やだ。馬鹿にされるもん」
そう言ってタケミチを外に連れ出すと、ブラブラ歩き出した。
キョロキョロ周りを見てることから、ストーカーに参ってるのは本当なのだろう。


「太郎ちゃん、見ィっけ〜」
「出たな!ストーカー」
太郎はキュウリを見た猫のように飛び上がるとタケミチの後ろに隠れてしまった。
「だりぃ何ソイツ。太郎ちゃんのナニ?」
「あ、あの…オレは別に…」
「ちょっとタケミチ!」
ストーカーの威圧に耐えきれずあたふたするタケミチを引っ叩く太郎。その様子に恋人ではないと分かったのだろう。ストーカーの圧がふっと消えた。
「まあいいや。太郎ちゃんにはオレがいるもんな〜♡」
「ざ〜んねん!俺にはえっと…ドラケンっていう恋人がいるんですぅ〜」
タケミチはえっとの時点で嘘だと確信したが、目の前のストーカーはそうは思わなかったようだ。
「はァ?ドラケン?だりぃ。帰るわ」
「帰れ帰れ!」
シッシッと追い払う仕草をする太郎は気付いていないようだが、タケミチは確かに見た。このストーカーの目が殺意に瞬いたのを。
「太郎くん、今からでもあの人に嘘だって言った方がいいっすよ」
「えーやだ」
「あの人ドラケンくん襲うかもしれないっすよ」
タケミチにそう言われ、太郎も顔を青ざめさせた。いくら気位が高い女王様といえど自分のせいで友人が傷付くのは見たくない。
しかしもうストーカーの姿は見えなくなっていた。




「れ、太郎くん!さっきの人どっか行っちゃいましたよ」
「…大丈夫。ちゃんと責任取るから」
そう言って大きく息を吸い込むと、思い切り叫んだ。
「半間!戻ってきたらキスしてやらなくもないんだからね」
「太郎ちゃん有言実行だろ〜?」
秒で現れたストーカーもとい半間の姿にタケミチは引いた。
ドラケンを狙うあの禍々しさをすっかり鳴りを潜め、今ではご機嫌に太郎を抱き上げその顔に好き勝手にキスを落としている。
「で、太郎ちゃん。ウソついてごめんなさいは?」
「誰が言うか!」
こんな積極的なストーカーが今までいただろうか。
タケミチは実はそんなに困ってなかったのでは?と思い始めていた。
「あ〜、タケミチだっけ?じゃあな」
「あ、はい」
ごく自然にストーカーが太郎抱いたまま歩き出したので、タケミチも挨拶を返してしまった。
「タケミチの裏切り者ー!!」なんて叫ぶ太郎の声は聞かなかったことにした。あのストーカーがヤバそうだったというのと、酷いことはしないだろうと確信していたからだ。



ただ東卍の集会で、太郎の隊の副隊長としてシレッとそのストーカーの姿を発見した時は唖然とした。
貞操を守るために元々いなかった副隊長の座を明け渡したらしい。
「タケミっちのせいなんだからね!責任取ってよね」
「バハッ。太郎ちゃんが言ったんだろ〜?オレに副隊長を任せたいって」
ぷんすか怒る太郎を子猫がじゃれていると思っているのか、半間は終始ゆるゆるとした顔を太郎に向けていた。
「えっと何かすいません?」
「謝っても許さないんだからー!」












山田太郎
中3 三ツ谷&ぺーやんと同じ中学
諜報部隊 隊長
この度自身のストーカーが副隊長になった
通称女王様


半間修二
稀咲と会う前に太郎と出会う
太郎一筋なため、東卍の副隊長のまま
ただ太郎がいなくなれば東卍に未練は無いため、稀咲の方へ行くと思う