「ごめんなさい、許して、僕のせいだ、ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
黒い水を飲んだレギュラスは懺悔するように呻き、何度も謝罪を繰り返した。それからヘレンに縋り強い喉の乾きを訴え始めた。
「ヘレン、すごく喉が渇くんだ。苦しい、苦しいです」
「少し待っていてくれ。水を汲んでくるから」
そう言ってヘレンは湖に近付き、そっと水をすくうように手を入れた。しかしそれを許さないとばかりに亡者がヘレンの腕を掴み、引き摺りこもうとする。

「愚かな亡者よ、僕の名はヘレン・ヴィヴィアン・・・・・・・オルティス。この湖を統べる者だ」
ヘレンの名乗りを聞いて水中の亡者は動きを止めた。湖においてヴィヴィアンの名に逆らえる者はいない。それがただの操り人形であったとしても。

すくい上げ浄化した水をレギュラスに飲ませること数回、どうにか正気に戻すことが出来た。そして分霊箱とブラック家の家宝をすり替える。ヘレンの知識やクリーチャーを以てしても、分霊箱を壊せるものが無かったのだ。
レギュラスは家宝のロケットの中にヴォルデモート宛の手紙を入れる。それを横目で見たヘレンは「ざまあみろ」とこっそりと付け足していたことに、レギュラスは気付いていなかった。


「レギー、きみは逃げるんだ」
「そんな……ヘレンはどうなるんですか」
「この件に僕が関わったことは気付かないだろう。きみを失踪させて死んだことにすれば、きっと大丈夫だ」
レギュラスに加えヘレンまでいなくなれば、それは逃避であると簡単に察しがつく。しかしレギュラスだけなら、何とても誤魔化せるはずだ。

「幸いにもアメリカには例のあの人の力は及んでいない。それに、ああそうだ。これをきみにあげるよ」
そう言ってレギュラスの首にシンプルなネックレスを着けた。小ぶりの黒い石のついたそれを身に付けた瞬間、レギュラスの姿はレギュラスとして認識出来なくなっていた。

「ふふ、いつもとてもハンサムなきみが野暮ったいナマズのようだ」
そう笑いながら姿見をレギュラスに見せる。そこに映っていたのは、くるくるというよりもじゃもじゃの頭で、前髪は目にかかるほど長く、潰れた鼻と分厚い唇がさらに野暮ったさを強調させる、そんな醜いと言っても差し支えない男性の姿だった。

「ヘレン、これは…?」
「認識阻害魔法が込められた魔法アイテムだよ。祖母の血を強く引く僕は人より目を惹くだろうって、祖父がくれたんだ」
「なら僕よりもあなたの方が」
「いいや、僕は純血で死喰い人でも不死鳥の騎士団でもないからね。あの人に狙われる謂れはないはずだ。きみが持っている方が役に立つ」
「ですが……」
「いいかい?きみはレオ・グレイとしてアメリカに行くんだ。きみは賢いからマグルに混じって大学に通ってもいいかもね」
ぽんぽんと進む話にレギュラスは目をぐるぐるとさせていたが、ヘレンは気にせず話を続けた。

「レオ・グレイとしての戸籍は既に作った。あとで経歴を渡すから見ておくといい」
「ヘレン、まずその名前は一体?」
「レギーは獅子だからレオ、それにきみにブラックは似合わない。少し白くなるくらいが丁度いいさ」

かくして魔法使いとしてのレギュラス・ブラックは消息を絶ち、遠く離れたアメリカの地でレオ・グレイという人物がひっそりと息を吐いた。

「全て落ち着いたら迎えに行くよ。学生生活を楽しむといい」
「もし僕が卒業してしまったら、あなたは見つけ出してくれますか?」
「そうだなあ、その時は僕の名前の本屋でも開いておいてくれ」

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