好奇心は呪詛師をも殺す

※夏油が離反してから少し後くらい。

シャワールームの外に置いてある夏油のスマホが、無機質な着信音を告げる。
切れて、また鳴り、切れて、また鳴った

【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟
【不在着信】五条悟

[ねえ、何で電話出ないの?]
[俺のこと嫌いになった?]
[返信してよ]
[ねえ]
[ねえ]
[ねえってば]
[浮気してんの?]
[俺に飽きた?]
[おい既読つけろよ]
[今どこにいんの?]
[何で家にいないの?]
[女のとこにいるわけ?]
[いい加減見ろよ]



[ねえ颯]



そして暫くしてから送られてきた2件のメッセージ

[忘れろ]
[見んな傑]

夏油がスマホを置き、シャワーを浴びている間に10件の不在着信と多数のメッセージが五条から届いていた。
呪詛師になった今、五条から連絡が来ることなど無く、異常な数の通知に何かあったのではないかと胸騒ぎがした。そして開いてみるとこの様である。
夏油は久しぶりに膝から崩れ落ちるほどに笑った。まさかあの“最強”が誰かに執着するなんて。

[見ちゃった♡]

そう返信した後じっくりと読み、その相手に驚いた。
──颯
出水颯のことだろう。彼は夏油たちの同級生だった男で、常に顔を覆う布を付けていた。何を聞いても首を振ることでしか答えない、そんな男だった。

だから自分がいない間に五条と出水の間に何があったのか夏油には気になって仕方がなかった。しかし何よりも五条を堕とした顔に興味が湧いた。

気になってその晩、夏油は眠れなかった。翌日も頭の中は出水のことばかり考えていた。

眠りについても、夢の中に出水が出てくる始末。その出水は夏油の正面に立ち、ゆっくりと布を外していく 漸く素顔が見られる、そう思った瞬間夢から覚めた。

モヤモヤモヤモヤ
夏油の頭には出水の素顔しか無かった。そしてその晩、また出水が夢に現れまたゆっくりと布を外す。今度こそ、そう思うものの眠りから目覚めてしまう。
そんな事がひと月程続いた。

夏油は自分でもどうかと思っていた。いくら五条が執着するような相手とはいえ、出水は男だ。
しかし高専時代から謎に包まれた男の素顔が嫌に気になってしまう。

気になって気になって気になって、そして耐えきれなくなった夏油は思い立った。
──呪詛師、辞めよう

そして高専に突入し、五条に自首した。

「呪詛師になったことは反省していない」
「だから許してくれとは言わない、でも最期に出水の顔を見せてくれないか?」
「それから悟、あの鬼電は寒気がするほど気持ち悪いからやめたほうがいいと思うよ」

五条悟は激怒した。
かつての親友─袂を分かったが五条は今でも親友だと思っている─が突然現れ自主をした挙句、最愛の恋人の顔を見せろと言い出したのだ。
さらには、忠告までしてくる始末。

「傑はまだ多分戻れるよ、いや僕が必ず呪術師に戻してやる」
「でもそれとこれとは話が別、颯の顔は絶対見せない」
「死ね」

そして呪術を使った殴り合いの喧嘩が始まった。
それはあの頃に戻ったかのようだった。

高専時代は二人が校内で暴れていると夜蛾が来て、拳骨を落として、家入が呆れながらそれを治して、出水がぼんやり眺める(顔は見えないがそんな気がした)、そんな毎日だった。

そんな懐かしい日々に戻れた気がした。そして実際、異変を察知した夜蛾と家入が駆けつけてきた。



「傑、何故戻ってきた」
夜蛾が尋ねる。
「出水の素顔が気になって、ここ1ヶ月眠れないんです」 たんこぶを乗せた夏油は嘘をついても仕方がないと思い、正直に答えた。
「何故急に?颯が素顔を晒さないのは今に始まった事じゃないだろう」
夜蛾の疑問は当然だった。そして夏油はおもむろにスマホを取り出し、あの画面を夜蛾と家入に見せた。
「悟からこんな連絡が来まして」
「あ、てめっ!ッざけんな!」
察した五条(たんこぶ付き)が口調も戻し、ブチ切れる。

「うわ」
家入のドン引きした様子の声が部屋に響いた。

「あれ?何かあった…の…???」
そこに鈴を転がしたような声が聞こえてきた。

顔を覗かせたのは、絶世の美少年という呼称が相応しい人物だった。白く雪のような肌に、桃色に色付いたまろやかな頬。丸くぱっちりとした色素の薄い目は、くるんと上を向いた睫毛で覆われていた。ぽてっとした唇は果実を思わせるほど瑞々しく赤く染まり、かぶりつきたくなる程だ。そんな輪郭をヘーゼルの柔らかそうな髪が包んでいる。
天使とは正に彼を指すのだろう、夏油は悟った。

「傑くん…?」
天使が夏油の名を呼んだ。
「もう!何で今来ちゃうかなあ颯は」
そして五条が天使を颯と呼んだ。

「もしかして出水かい?」
恐る恐るそう尋ねる。

「うん!ずっと傑くんに会いたかった」
そう言って天使が駆け寄ってきて、傑の身体を抱きしめる。
後ろであ゛あ゛ぁぁと汚い声が聞こえるが、それを無視して夏油は天使からの抱擁を甘受していた。

この日のために生まれてきたとすら感じられる、柔らかく暖かいハグだった。この際、必死に引き剥がそうとする五条は見ないものとする。

そして夏油は決心した。
「呪詛師の情報全部吐きます、罪を償います」
「ほんと?偉いねえ傑くん」
天使が夏油の頭を撫でた。

「一生呪術師として飼い殺しでも構いませんので、天使を私に下さい」
当の本人はきょとんとしているが、他の人達には伝わったようだ。

「絶対駄目、こいつ俺のだから」
荒い口調のまま五条は言う。

「まあいいんじゃない?二人で分ければ?」
興味無さそうに家入は話す。

「三人で話し合って決めなさい」
夜蛾の手には負えなかった。

かくして最強コンビは再度結成され、謎の三角関係も同時発生した。

五条は親友が戻ってきて嬉しい。
夏油は天使と共にあれて嬉しい。
天使は二人が嬉しそうで嬉しい。
という頭の悪そうな関係が出来たのであった。


ミミナナは無事高専に保護されました。



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