ghost of a smile(五条)

悟は最低だ。
僕というものがいるのに平気で浮気するんだから。 今日という今日は絶対に許してやんない。

僕と悟は所謂許嫁という関係だ。
呪術界らしく利益ありきの関係だけど。
僕の術式と悟の六眼が合わされば、それこそ最強ってね。僕の家は五条家に近付けてウハウハだし、五条家は術式が手に入ってウハウハらしい。子供?そんなの呪具でほほいのほいだよ。

そんな下心から生まれた関係だから、浮気ぐらい許してやれってみんな言うけれど。
僕は違う。悟となら結婚してもいいって思ったから嫁いだのに。今考えたら傑の方が絶対幸せにしてくれた。硝子ちゃんはどっちもないって言ってたけど、どう考えても誠実な傑の方が良かったに決まってる。でも悟の声を聞いて、顔を見たら、あの時の僕の判断は間違ってなかったなんて思っちゃうんだから僕も大概ばかだなあって。

だから悟の浮気は絶対許せない。
今までずっと我慢してきた。「めぐみ」ちゃんにデレデレしてるの知ってるんだから。今日こそ問い詰めてやる!

✼✼✼✼✼

「ばかばかばか!」
「ちょっと急に何?」
悟が帰ってきて早々罵れば、困惑した声が返ってきた。

「僕知ってるんだから!悟がずっ〜〜〜〜〜と浮気してるの!」
「ほんと急に何。浮気?してないしてない」
そうやって白を切る悟。
「嘘ついたって無駄なんだから!」
「はいはい、疲れてるからまた明日ね」

悟は僕を適当にあしらって浴室に向かう。
いつもそうだ。そうやって誤魔化して、僕が納得すると思ってるんだ。
いや納得せざるをえないことを知ってるんだ。
僕ばっかりが悟のこと好きで、僕からこの縁を断ち切れば悟にはきっと次の相手がいるから。
僕は必死で途切れないように、ちぎれないように、糸を紡ぐように繋ぎ止めてきた。

それも終わりにしてやるんだから。
「悟のばか!もう知らないっ!」
浴室に向かって叫べば、「はいはい、明日も任務でしょ早く寝なよー」と間延びした声で返された。
ほんとに悟なんて知らない!

大体早く寝ろったって今は21時だ。今時小学生でもまだ起きてるよ。悟はいっつも僕のことを子供扱いする。僕は硝子ちゃんと同じサポート型の術式だから、任務っていっても高専内にいるだけだ。危険なんてあるはずがない。
僕の術式は感覚共有といって、対象の五感をジャックすることができる。その際対象はそれに気付くことは出来ない。勿論その為に触れなきゃいけないとか色々条件はあるけど、呪詛師たちの隠れ家を暴いたりと色々有用な術式だ。悟の六眼と合わされば偵察だけで相手の術式が判明するのだから、五条家が欲しがるのもわかるでしょ?
ちなみに僕の五感を相手に感じさせることも出来るけど、特に使い道は無いかな。傑には何故か凄い喜ばれたけど。


閑話休題

とにかく悟は僕のこと何て全然興味無いんだ。ご飯用意したり、お風呂の支度したり、布団だってふかふかに干してあげてるのに。
だからそんな分からず屋で話を聞いてくれない悟なんて知らない。こんな家出てってやる。

そうと決まれば即実行。
財布と携帯だけ手に持ち、家を出る。最後に「悟のばーか」と伝えることも忘れずに。僕がいなくなって僕の有難みを感じればいいんだ。
それでもって浮気なんてやめちゃえばいい。

咄嗟に飛び出してきたものの、行く宛なんか無くて。高専だったらすぐバレちゃうし。傑は絶対に悟の肩を持つ。硝子はずっと高専にいるし。
健人は好き嫌いするとすぐ怒るし、雄は嘘つけないから悟に言っちゃう。
携帯の連絡先と睨めっこしながらぶらぶらと歩く。
その間にも悟からの連絡は無くて、ムカつく。寂しい。ムカつく。

悟が話を聞いてくれればそれで良かったのにな。
浮気されるくらいなら許嫁なんて辞めてやるのに。
悟が幸せならそれでいいのに。

やっぱり戻って謝ろう。それから言いたいことを伝えて。

一瞬眩い光が全身を包んだ。

✼✼✼✼✼✼

気がつけば家に戻っていた。無意識に足が向かってたのかな。

俯いて頭を抱える悟の顔は見えない。

「悟、あの、さっきはばかって言ってごめんね」
そう伝えるも返事はなくて、悟は怒っているようだった。
「無視すんなよ!謝ってんじゃん」
ついカッとなって抗議するも、やっぱり返事はない。折角人が下手に出てるのに。

「さと「颯の馬鹿…」
また声をかけようと呼び掛けたら唐突に罵られた。
悟の目は真っ赤で、泣き腫らしたみたいだった。
「ごめん、そんなに傷ついたとは思わなかったから」
思わず謝るも返事はない。未だかつて無い程に怒ってるのだ、きっと。

それから謝り続けてもずっと知らんぷりだ。
僕のことなんて居ないかのように無視して、悟はほんとに酷い奴だ。
そもそも悟が浮気しなければこんなことにはならなかったのにさ。悟は意地悪だ。
これじゃあ僕が悪いみたいじゃん。

「颯、颯、颯…何で颯…。颯の馬鹿。颯なんて大馬鹿野郎だ」
聞こえるように悪口言うなんて悟のばか。



「ごめんね颯。僕がちゃんと話聞いてあげれば良かった」
悟が唐突に謝ってきた。反省してるようだし、まあ許してやらなくもないかな。
でもあんなに顔も目も鼻も真っ赤にして怒ってたのに、謝るなんてどうしたんだろ。
「じゃあ悟、僕と仲直りしようよ」
僕の提案に返事はなく、悟はただひたすら謝るだけだ。 「悟?」
「ごめん、ごめんね。痛かったよね颯。ごめんね。ほんとにごめん。怖かったよねごめんね」
「悟?」
悟の言っていることがわからない。痛くも怖くもないよ。どうして悟はそんなことを言うの?

「僕が颯の話聞かなかったから、だから死んじゃったんだ」
死んじゃった?僕が?

「ねえ颯、僕のこと恨んでるんでしょ、だから最期僕に死ぬ瞬間見せたんでしょ。いいよ恨んでも」
死ぬ瞬間?



目に痛いほどの光が入ってきて、耳元でキキィーって鋭い音がして。
それから浮遊感。痛みは無かった気がする。

そうか、あの時感じた眩しさはトラックのヘッドライトだったんだ。悟に謝ろうと思って、もしかしたら術式が発動してしまったのかもしれない。
あの後死んだのか。僕は。

そっか僕は今幽霊なんだね。
恨んでないよってどう伝えようか。
確かに悟は浮気するし寝相悪いし面倒臭いし意地悪だけど、でも悟のこと大好きだから、帳消しになるくらい大好きだから恨むはずがないのに。

でもでも、話聞いてくれなくてムカついたのは本当だから。頬っぺをつねってやる。それでおしまい。
もうおあいこだ。 浮気だって、一言別れたいって言ってくれれば済んだのに。僕は別に悟の幸せを邪魔したい訳じゃなかった。



悟はさ、最強だから僕なんかいなくても大丈夫なんだよ。だから泣かないで。僕のせいで泣いてたら怒られちゃう。最強泣かせるなんて僕の方が最強だったり?

今も昔も悟の幸せだけを祈ってるから。 悟には僕じゃなくても仲間がいっぱいいるし、それこそ「めぐみ」ちゃんだっているから。
だからお願い。僕のことで泣かないでよ。無理して笑えなんて言わないから、泣かないで。


もどかしいな。こんな身体じゃなくて、やっぱり悟に直接会いたいな。





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