俺と、幼馴染のソイツ(五条)

俺には幼なじみがいる
口も性格も悪いが、顔だけはべらぼうにいい幼なじみが

ソイツは生まれた時から祝福された人生だった
約束された勝利の眼といってもいいかもしれない
術式が開花し、ソイツは更に愛されるようになった
六眼と無下限術式を合わせ持ち誕生した正に奇跡の子
それがソイツの評価だった

俺とソイツが出会ったのは、ソイツの屋敷に家族共々呼ばれたことがきっかけだった
稀代の神童のお披露目会はその家に連なる者達を集めて行われた
今思えば自慢大会みたいなものだったのだと思う

早々に飽きた俺はふらりとその場を離れた
そこにソイツはいた
ソイツも飽きていたのか俺より先に抜け出していた様だった
桜の木の下で佇むソイツは儚くて消えてしまいそうだった
だからソイツの着物を掴んでしまったのは必然だったのだろう

ソイツは俺を一瞥すると、俺の手を振り払ってどこかへ歩いていった
その態度に短気だった俺はカチンと来て追いかけた
その先で俺とソイツが喧嘩になって、大目玉を食らったことは言うまでもない

だがそれ以来ソイツは俺を屋敷に呼んだ
ゲームをしたことがないというソイツの為に、持って行って遊んだこともある
初めは下手くそだったソイツもどんどんと上手くなっていき、すぐに勝てなくなった

少しだけ身体が大きくなって、一緒に組手をするようになった
天賦の才なのかソイツは日に日に強くなっていき、ついぞ俺は一本も取れなかった

いつも負けてばかりだった
でもソイツといるのは楽しかった

ソイツとはよく喧嘩した
お菓子の取り合いや、人生ゲームで使う駒を奪い合ったこともある
俺は青が良かったのに、ソイツも青がいいと言って聞かなかった
やはり俺は勝てずに緑の駒を使う羽目になった
ただソイツの目の色がやけに綺麗だったから、青を使いたかっただけなのだが

一度ソイツの術式を食らったことがある
稽古中にソイツが放った攻撃が当たり、俺は倒れて三日間昏睡状態だったそうだ
目を覚ました時ソイツは酷く安心した顔をした
だがそれ以降、一緒に稽古をすることが無くなった
喧嘩をすることも無くなった


高専へと入学し、俺とソイツだけだった世界に人が増えた
変な前髪の男と、喫煙者の女

ソイツは初めは俺といたが、変な前髪の男と連むようになった
ソイツと変な前髪の男は偶に喧嘩をしながら、互いを高めあっていた
男はソイツと並べる程に強かった
ソイツと男は対等だった

喫煙者の女はそんな二人を鼻で笑いながらも、見守っていた
何だかんだいいながらも、怪我を治していたし馬鹿騒ぎに全力で乗っていた

俺はといえば、それに着いていけなかった

二人で最強、そう嘯き始めたのはいつからだろうか
初めのうちはソイツの隣は俺だったのに、と思わないこともなかった

だがどうだろう
今まで俺の人生でソイツと並び立つことが出来ていただろうか
答えは否だ

即ちソイツの隣はその男こそが相応しかった

ソイツは入学して直ぐに「雑魚は嫌い」と言い放った
しかし最も雑魚なのは俺に違いなかった
あの言葉は俺に向けられたものだったのかもしれない
慣れというのは恐ろしいもので、長年一緒にいると嫌われてるとすら思いもしないのである

雑魚も雑魚なりに頑張ってはみたが、如何せん周りが強すぎた
自信どころか自尊心もバキバキに折られた
その頃には何をやっても上手くいかなかった

最強を名乗る二人は特級に昇格した
俺は未だ3級で喘いでる
二人が笑い合っていると、自分が馬鹿にされているように感じた
自分は愚か、他人すらも信じられなくなっていた

後輩は俺よりもずっと才能に恵まれていた
いや努力あっての才能なのだろうが
それすら俺は憎らしかった
自分が惨めで惨めで、「先輩」と素直に慕う後輩を直視することが出来なかった

最期まで名前を呼んでやれなかった

後輩が出来てから俺は眠れなくなった
寝ていても嫌な夢を見て飛び起きる
後輩に憐憫の目で見られる夢、同級生に嘲笑される夢
夢と真実の境が曖昧になって、人と話せなくなった


ソイツが俺に何かを言っている
聞こえない
男が俺に何かを言っている
聞こえない
女が俺に何かを言っている
聞こえない

聴覚からの情報が頭に入らない
音は聞こえている
理解が出来なかった

そして、俺は任務先で呆気なく




◇◇◇◇◇◇

僕には幼なじみがいる
ソイツは負けん気が強くて、でも喧嘩は弱いやつだった

僕がソイツと出会ったのは、くだらない集まりの最中だった
ソイツは抜け出した先で知り合ったと思ってるかもしれないけれど、僕はそれより先にソイツを認識していた

一際目を引く奴だった
女みたいな長い髪に、女みたいな顔
服装で辛うじて男だと分かったくらいだ
ソイツに声を掛けたかったが、僕が声を掛けると嫌に注目が集まってしまう
諦めてそこを抜け出し、桜の木の下でぼんやりしていた

そしてソイツも抜け出してきた
僕の袖を引くソイツに驚き振り払ってしまった
そして気まずくなってその場から逃げ出すと、ソイツも追いかけてきた
女みたいな顔に似合わず、ソイツは喧嘩っ早かった
売り言葉に買い言葉で喧嘩になってしまったが、今となっては後悔はしていない

それから僕はソイツのことが気になっていた
この僕に喧嘩をふっかけるやつは早々いない

だからソイツを呼び出した
ソイツは僕が知らないことを沢山教えてくれた
ゲームに駄菓子に漫画
ゲームに関してはソイツは弱かった
でも必死に僕に勝とうとする姿が好きだった

稽古の一環として組手をするようになった
ソイツは女みたいなひょろひょろした身体で懸命に僕にかかってきた
一向に強くならないソイツは荒事に向いていないのだと思う

ソイツとは喧嘩ばかりだった
人生ゲームというゲームをやったとき、駒の色でも喧嘩をした
僕は青い駒を使いたかったのに、ソイツも青がいいと言い出して喧嘩になった
ソイツの青い髪が綺麗だったから青が良かったのだ
喧嘩も運も弱いソイツは諦めて緑を使っていたが、次やる時も譲ることは無かった

稽古中、僕の術式が威力を誤りソイツに当たったことがある
ソイツはそれから三日間も目を覚まさず、死んでしまうかと思った
その後、後遺症もなくへらりと笑うソイツを僕は守らなければならないと固く誓った
喧嘩も稽古も怪我をさせてしまうことが怖く、出来なかった


高専に入学して視野が広まった
親友と呼べるやつができて、一緒に過ごすことが増えた
僕とソイツは一緒に任務に行くことが出来ないため、同じ時間を過ごすことは無くなっていった
ソイツを守るためにも強くならなければならなかったし、同じ任務に連れて行って怪我をさせてしまうのが怖かった

だが親友と過ごすのが楽しかったのもまた事実だった
親友と全力で喧嘩をしても同じ力で反撃される
気を使って力を弱める必要が無かった

くだらないことで馬鹿やって、親友と紅一点とふざけあって楽しかった
そこにソイツがいないことに気が付かなかった

次第に僕と親友は二人で最強と謳うようになった
僕と親友がいれば向かう所敵なしだと本気で信じていた

どうしてソイツの顔が曇っていたことに気付けなかったのだろう
いつから笑顔を見てないかすら記憶になかった
僕と親友が一緒にいるとソイツが俯くようになった

後輩ができて、更にソイツは塞ぎ込むようになった
顔色が悪く眠れていないのも分かった
声を掛けると酷く怯えた顔をするようになった
それは誰が相手でも同じだった

兆候は確かにあった
ソイツの異変はそこかしこに転がっていた
僕はそれを見て見ぬふりをした
親友との時間が楽しかったから



そしてソイツは任務先で血塗れになって発見された


◇◇◇◇◇◇

ピッピッピッピッ

無機質な音が響く
けれどその音は男が生きている証拠だった

あれから10年未だに男は目を覚まさない
身体の傷は完治していた
心が生きることを拒んでいるのだという

五条は自分を責めた
そんな五条を慰めるのはかつての同級生二人

意識のない男の元には千羽鶴が折られていた
二人の後輩がせっせと折ったものだという



男は任務先で虫の息の状態で発見された
呪霊は既に祓われており相討ちになったと見られた

人目を引く長く美しい髪は無惨にも千切れていた
左腕は反対へと曲げられており、腹には穴が空いていた
腿には酷い裂傷があり、歩ける状態ではなかった

家入はそれら全ての傷を治したが、意識は未だ戻らず
髪も切られた状態のまま10年間伸びることは無かった
否、髪だけではない
細胞が成長していないのだ
進化も退化もせず維持し続けている

トクトクとその心音だけを鳴らしながら



◇◇◇◇◇◇

目が覚めると見慣れない景色だった
全身がバキバキで少し動かすと音が鳴る程だ

俺は確か死んだはずだった
ぼんやりとした頭で呪霊に向かい、祓って相討ちになったはずである
どうやら生き延びてしまったようだ
ギュッギュッと手を握る
問題なく力を込めることが出来た

よく分からない場所から抜け出すため、ベッドから足を下ろす
立ち上がろうとした瞬間、大きな音を立てて崩れ落ちた
歩くのは少し早かったようだ

足音が近づいてくるのがわかる
隠れる場所を探すも、ろくに動けない

バンッと扉が大きく開かれる
「この寝坊助め」
女の人が入ってきた

「アンタ私の事わかんないの?家入だよ」
「家入…?」
俺の知る家入は確かもっと若いはずだ
なんたって俺と同い年なのだから

「家入硝子サンの御家族ですか?」
「その家入硝子だっての」
やれやれと首を振るその姿は、確かに俺の知る家入と同じだった

「仕方ないか、十年ずっと眠ってたからね」
「十年?」
あの日奇跡的に一命を取り留めた俺は眠り続けていたようだった

「家入が俺を生かしたのか」
俺の声に落胆の気持ちが含まれているのを察したのか、家入は俺の頭を掴んだ
「これ灰原と七海が折った千羽鶴、二人で五百羽ずつ折ってたよ」
そして俺の頭の向きをぐきりと変えると別のものを指さした
「こっちは五条が毎日変えてる花、あの五条が誰かに任せることなく自分でやってる意味わかるよね?」
黙って何も言えない俺にさらに別のものを見せる
「このノート全部夏油がアンタの為に取ったやつ。目が覚めた時に困るだろうって」

「それでもアンタは私に生かされたことを後悔するわけ?」




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