傀儡と呼ばれた青年は

私の母は禪院に代々伝わる相伝の術式を持っていました
その所為で大変苦労をしたと聞いています
毎日修行を熟すだけの日々で、しかしその分次期当主として期待されていたそうです

そんな母が出奔したのは京都府立呪術高等専門学校を卒業して間もない頃でした
当時の同級生だった父と逃げて、私を産みました
母は私を産んですぐに体調を崩しそのまま亡くなりました
残った私を父は一人で懸命に育ててくれました
しかしそれも長くは続きませんでした

心労がたたり、父も病に倒れ呆気なく息を引き取りました
そんな私を禪院家が見つけ出し引き取りました
私が三歳になったばかりの頃でした


母譲りの術式を期待され、禪院家では大変過保護に扱われました
そして五歳になり術式が判明しました
残念ながら相伝の術式は持ち得ませんでした
ただ影を自在に操ることが出来る私の術式は大層重宝されました
禪院に伝わる十種影法術を持つ者が現れなければ私が跡を継いでいたでしょう

それから私も母と同じように修行の日々でした
厳しい修行は私にはとても辛いものでした
気を失っても起こされ、また稽古が始まります
日が暮れると漸く休むことが許されました

私に宛てがわれた広く何も無い部屋で一人でとる食事は味気ないものでした
それでもご当主様を初めとした皆様の期待に答えようと毎日耐え忍んでいました

それが変わったのは、ある少年についての知らせが舞い込んで来てからです
その少年、伏黒恵くんは禪院の相伝を持って生まれました
私を当主へと言う声は何処へやら、皆一様に伏黒恵くんを次期当主にと叫ぶのです

それでも別に構いませんでした
私は当主という器では無いと思いますし、当人がそれを望むのであればそれが一番だと思いました

しかし伏黒恵くんは禪院家に来ることはありませんでした
五条家の次期当主、神童と謳われた五条悟さんが後見人として伏黒恵くんを育てるというのです
それは伏黒恵くんが望んだことだそうです

五条と禪院の両家でどんな話し合いがあったのかは定かではありませんが、禪院家は伏黒恵くんに手出しが出来なくなりました


それ以来、私は期待されることは無くなりました
伏黒恵が良かった、周囲の目がそう語ります
しかし私は度々思うのです
もしここに伏黒恵くんがいたら、と

ここは辛く苦しい場所でした
だから五条悟さんを選んだ伏黒恵くんは正しいのだと思います
五条悟さんがどんな人であれ、ここより恐ろしい場所では無いのでしょう


禪院家には二人、私と歳が同じの女の子がいます
禪院真希さんと禪院真依さんです
彼女たちも相伝の術式がありませんでした
禪院真依さんには何か術式があったようですが、期待されるものではありませんでした
毎日毎日雑用ばかりさせられています

幼い頃に一度見兼ねてそのお手伝いをさせて頂いたことがあります
しかし、その所為でお二人がお叱りを受けて折檻されてしまいました
泣きながら謝るお二人の声が遠く離れた部屋にも聞こえ罪悪感が募りました
それ以来私は見て見ぬふりしか出来ませんでした



呪術高等専門学校に入学するにあたり、私は二つの選択肢を提示されました
一つは京都でご当主様の手足となって働くか、もう一つは東京でご当主様の目となって働くかです

私は目となることを選びました
少しでもあの家から逃げたかったのです


東京で寮生活が始まりました
禪院真希さんも東京の呪術高等専門学校で学ぶようでした
私はあの頃から禪院真希さんと禪院真依さんの目を見て話すことが出来ません
己の不甲斐なさを実感してしまうのです

同級生にはおにぎりの具材しか話さない狗巻棘くんとパンダのパンダくんがいました
個性的で素敵な人たちでしたが、私は仲良くなることが出来ませんでした
家を出た禪院真希さんと違い、私はご当主様の言いなりです
あまり良い印象は持たれていないようでした


ご当主様は五条悟さんを監視するように言いました
五条悟さんに隙が出来たら、それを伏黒恵くんを奪う糸口にすると言うのです
私には反対する術がありませんでした

五条悟さんは私の目的を知っているのかもしれません
とても厳しい目で私を見るのです
ご当主様も五条悟さんもとても恐ろしく感じました

五条悟さんは隙のない人です
何時だって張り詰めた雰囲気を纏っています
そしてそれを気取られないようにしています
何週間経っても私はご当主様に良いお返事が出来ずにいました

ですがそれは私にとって最善のことでした
伏黒恵くんのためにはそれが望ましいのだと思います

ご当主様には連絡する度に怒られてしまいます
落胆の溜め息だけ零して、そのまま電話を切られてしまうこともよくあります
役立たずと罵られ、育てなければ良かったと吐き捨てられることもよくありました
それでも伏黒恵くんには禪院家に来て欲しくなかったのです


途中乙骨憂太くんが転入してきたり、最悪の呪詛師である夏油傑さんが百鬼夜行を起こしたり色々ある一年でした

夏油傑さんは五条悟さんの弱みになるとご当主様は言いました
しかしそれを蒸し返して五条悟さんに尋ねることは私には出来ませんでした

この件で私は本家へと呼び戻され、酷い折檻を受けました
五条悟さんの余裕が無くなった絶好の機会をみすみす逃したからです
それでもやはり親友の命を奪わなければならなかった五条悟さんを思うと何も聞けず、何も出来ませんでした


私が入学して一年が経ちました
後輩として伏黒恵くんが入学してきます
更にご当主様は私に命じました
伏黒恵くんを禪院に誘い込むようにと

初めて伏黒恵くんとお会いしました
真面目な良い子そうでした
そんな子を禪院家に迎え入れることは出来ませんでした

伏黒恵くんが入学してから五条悟さんは私と彼を同じ空間に居させないようにしているようでした
五条悟さんの行動は至極真っ当です
伏黒恵くんが私を見る目は冷たいように感じました
恐らく五条悟さんから、私について何か話があったのだと思います


私は一年経った今でも同級生と馴染めませんでした
彼らの当たり前と私の当たり前が異なるため、上手く会話が出来ないのです
禪院真希さんは私を“禪院の傀儡”と呼びますが、言い得て妙な渾名です
私は禪院の言いなりになるしか生きる術はありませんでした
伏黒恵くんみたいに五条悟さんの後ろ盾がある訳でも無いので、どんなに逃げても決して逃れることは出来ません
それにどうあってもご当主様の目が私には恐ろしいのです


ある日単独で任務に出ていた伏黒恵くんが怪我を負って戻ってきました
そしてその後一年生に新たに虎杖悠仁くんという男の子が加わりました
その子は両面宿儺の器だといいます

上層部の皆様は虎杖悠仁くんの死を望みました
しかし五条悟さんがそれを許さず、死刑執行までの猶予期間が与えられました
これは良くないことだと思います
もし両面宿儺が暴走して伏黒恵くんが怪我を負ったら、それは五条悟さんの隙になってしまいます
伏黒恵くんの害になりうる虎杖悠仁くんはすぐにでも死刑執行されなければならないと思いました

五条悟さんはとても怖いです
それでも虎杖悠仁くんを殺さなければ、きっと伏黒恵くんにとって悪い影響が出てしまいます
だから

だから


「五条悟さん、虎杖悠仁くんを殺して下さい」
私がそう言うやいなや五条悟さんは私の襟首を掴んで首を絞めました
「それは禪院の判断?」
五条悟さんの冷たい目が私を射抜きます

「私の独断です、禪院の者は関係ありません」

「そう、ならいいや。でも恵にも悠仁にも僕にも関わらないで、次は無いから」

五条悟さんは私から手を離し、こちらを見ずに去っていきました
やはり五条悟さんは怖い人です

ですが伏黒恵くんも虎杖悠仁くんも五条悟さんに囲われていれば、安全な気がしました

また伏黒恵くんの私を見る目が鋭くなりました
パンダくんも狗巻棘くんも禪院真希さんも私を睨んでいます


虎杖悠仁くんが両面宿儺を抑えきれなくなることをご当主様は心待ちにしているようです

そして遂にその時が来てしまいました

私はその場にいませんでしたが、虎杖悠仁くんが両面宿儺を制御出来ずにそのまま命を落としてしまいました
ご当主様は両面宿儺の危険から伏黒恵くんを守るためという名目で禪院家で保護しようと考えていました
しかし虎杖悠仁くん亡き今、両面宿儺の危険はありません
五条悟さんに詰め寄る口実が無くなってしまいました


その後、五条悟さんは私の元に来て言いました
「悠仁が死んだけど満足した?」

私は何も答えられませんでした

確かに伏黒恵くんが禪院家に絡め取られる恐れは回避出来ました
私はそれが正解だと信じて疑いませんでした

伏黒恵くんが悲しんでいます
その同級生の釘崎野薔薇さんも悲しんでいます
私は慰める資格もありません
それを遠くから眺めるだけです

禪院真希さんたち二年生と一年生が何か話していました
私はその場を離れました




ある日街中で亡くなったはずの虎杖悠仁くんを発見しました
誰かと話しているようでした

生きていることに驚いて後を尾けてしまいました
一軒の民家に入っていきました
やがて虎杖悠仁くんが帰っていきました
ですが何故か嫌な予感がしました

気配を殺して少しだけ様子を伺います
すると一人の男がその家に入っていきました
先程虎杖悠仁くんと一緒にいた人達の家族かもしれません

しかしすぐに出ていきました
嫌な気配だけ置いて
男が出たらすぐにでも家に入るべきでした
しかし男に勘づかれる訳には行きません
完全に男が去ってから私は無礼を承知で家に入りました

テーブルに倒れ伏す女性に呪霊たちが纏わりついていました
慌てて祓うも、意識がなくぐったりとしている様子でした
急いで家入硝子さんの元に運びます
影の中に潜り、家入硝子さんの元まで走り抜けます
影の中は障害物が無いため最短距離で向かうことができます
幸運にも彼女の命に別状はありませんでした

近くにいた七海健人さんに両面宿儺の指を渡します
両面宿儺の指を置いたであろう男を突き止める必要がありました

あの家に戻ろうにも七海健人さんから許可が降りませんでした
どうやら虎杖悠仁くんと七海健人さんは同じ任務に就いていたそうです
そして私は知ってはいけないことを知ってしまったようでした

虎杖悠仁くんの生存を口外しないようにと七海健人さんに言われました
ご当主様が虎杖悠仁くんの生存を知ればきっと喜ぶでしょう

私はどうするのが正解なのかわかりませんでした
悩む私に七海健人さんは言いました

虎杖悠仁くんを監視しなさいと
七海健人さんが言うには虎杖悠仁くんはあの家の少年の元に向かうだろうとのことでした
少年こと、吉野順平くんは呪詛師の疑いがかかっているそうです

次の日、私は虎杖悠仁くんに着いて行くことにしました
虎杖悠仁くんとは初めましてです
あくまで私が一方的に知っていただけなので

虎杖悠仁くんの自己紹介をすると、彼は驚いた顔をしました
そして
「あ、五条先生と伏黒が関わるなって言ってた人!」
と言うので、思わず笑ってしまいました
馬鹿正直に本人にそれを伝える人は居ないでしょう

虎杖悠仁くんが向かったのはとある高等学校でした
そこには帳が下りており、体育館からは呪術を用いた気配が感じられました

虎杖悠仁くんが走って向かいます
彼の足には着いていけず、少し遅れて向かうとその高等学校の生徒たちが倒れていました
全員死ぬほどの怪我も無く、虎杖悠仁くんの後を追います

するとそこには虎杖悠仁くんと呪霊の他に“ナニカ”がいました
虎杖悠仁くんはそれを順平と呼んでいました
七海健人さんが話していた呪霊は、目の前にいる呪霊の事だったのだと思います
確かそれは魂の形を変えるものでした

虎杖悠仁くんは両面宿儺に救いを求めるも、断られます
そして虎杖悠仁くんに縋り着いていたそれは力無く倒れました

「虎杖悠仁くん、彼が吉野順平くんですか?」
確認のためそう問います
虎杖悠仁くんは黙って頷きました

「ならこの呪霊をどうにかして下さい、私は彼を直します」
影の形さえ元に戻せれば、恐らく吉野順平くんは元に戻るはずです

虎杖悠仁くんと呪霊が戦い始めました


このままでは吉野順平くんの命は長くないでしょう
影の核を捉えて人に戻します
私の影と繋げて生命力を送りながら、慎重に核を元に戻していきます

漸く吉野順平くんが人型に戻る頃には私の呪力も、ほぼ無くなっていました
思わず吉野順平くんの身体の上に倒れ込みます
とくとくと心臓の鳴る音を聞きながら私は意識を失いました



意識を取り戻して最初に見たのは、虎杖悠仁くんの顔でした
虎杖悠仁くんは心配そうに私を見ていました
その隣には吉野順平くんがいて、彼が生きていることに私は安堵しました

虎杖悠仁くんと吉野順平くんは私に感謝を述べました
その言葉に心が暖かくなると同時に、私は虎杖悠仁くんを殺して欲しいと願った事実に申し訳なさが募りました


私が目を覚ました日は京都姉妹交流会当日でした
虎杖悠仁くんたちと別れ、他の人たちの元へ向かいます
一年生と二年生はお互いに鍛えあっていたみたいですが、私は仲間に入れませんでした
影さえ掴んでしまえば対人戦では優位を取れるので私は参加するなと言われてしまい、一人任務をこなしていました

京都校の生徒の方も既に来ていたようで、久しぶりに禪院真依さんとお会いしました
加茂憲紀さんとは何度かお会いしたことはありますが、加茂憲紀さんは私にあまり興味がないようでした


暫くして大きな箱を持って五条悟さんがやって来ました
中から飛び出してきたのは虎杖悠仁くんでした
そしてそろそろと吉野順平くんも出てきました

楽巌寺嘉伸さんが怒っているのが伝わります



ミーティングの時間になりましたが、私は追い出されました
そもそも禪院家は京都校に通うのが慣わしです
京都校からの偵察だと疑われているようでした


楽巌寺嘉伸さんが私を呼び止めます
虎杖悠仁くんを京都校の皆さんで殺すようです
私もそれに加わるようにと私に言います
私が五条悟さんに虎杖悠仁くんを殺すよう頼んだことがバレているようでした

是とも否とも言わず黙って立ち去りました
ただ楽巌寺嘉伸さんは私が虎杖悠仁くんを殺すと確信しているようでした


五条悟さんと庵歌姫さんの掛け合いで姉妹交流会は始まりました
吉野順平くんはどうやら見学のようです

私は虎杖悠仁くんに楽巌寺嘉伸さんの狙いを伝えようと思いました
もし私が虎杖悠仁くんを殺すのに協力しても、楽巌寺嘉伸さんはきっと私に感謝しないでしょう
初めてだったのです
誰かに感謝されるなんて

伏黒恵くんのためでもご当主様のためでもなく、初めて自分のために動きました
虎杖悠仁くんに生きて欲しいと思ってしまいました

一際大きな音がした方へ向かいます
既に京都校の生徒の方々が集まってました

虎杖悠仁くんへの集中砲火を私の操る影に呑ませます

「ッ裏切る気?」
禪院真依さんが叫びます
その目は禪院真希さんを見る時と同じ目でした

ですが私はもう間違えません
自分のために生きたいと初めて思えたのです

「もう禪院に与する気はありません」

言葉にして漸く自由になれた気がしました
加茂憲紀さんも禪院真依さんもいる場で、そんなことを口にすればもう戻ることは出来ないでしょう


そんな時、東堂葵さんが術式を使って虎杖悠仁くんと加茂憲紀さんの位置を入れ替えました
邪魔をすれば殺すと彼は言いました
東堂葵さんは虎杖悠仁さんに対して殺意は感じられませんでした
京都校の皆さんも退いていきます
私もそっと離れました




禪院真希さんと禪院真依さんが闘っていました
私はお二人の会話を聞いてしまいました

置いていかれた禪院真依さんに置いていった禪院真希さん

私はどうすればよかったのでしょうか

お二人を助けたいと思っていました
その行動がお二人を苦しめてしまいました
私はいつもそうです
良かれと思ってしたことが裏目に出てしまいます


大人しく呪霊狩りをしていると強い呪霊の気配がしました

そして真横から太い樹木が飛び出してきました
近くには狗巻棘くんがいます

呪霊と狗巻棘くんが闘っているようでした
狗巻棘くんが逃げた先には伏黒恵くんと加茂憲紀さんがいます
影を伸ばし呪霊の動きを止めるも、この呪霊はやけに重くあまり長くは持たないでしょう

─喰い鮫
影の形を変え呪霊に喰い付かせます
攻撃に影を割くと拘束が緩むのであまり使いたくありませんが

しかし加茂憲紀さんと伏黒恵くんが攻撃をするも効いている様子は見えません
私の影もこの呪霊を喰い破ることは出来ません
やがて加茂憲紀さんと狗巻棘くんが倒れてしまいました

伏黒恵くんも禪院真希さんも酷い怪我です
攻撃が効かない私に出来ることはただ影を繋げて彼らに呪力を流すことのみ
また生命力を分け与え彼らを死なせないことでした

幸運なことに東堂葵さんと虎杖悠仁くんが来てくれたのできっと問題ないでしょう
パンダくんが彼らを運んでくれました
それを見守って


それからの私の記憶はありません
人に生命力を分け与えると倒れやすくなるのを忘れていました



私はまた倒れてしまいました
その間に皆さんで野球をしたそうです
野球なんてやったこともありませんので、少し羨ましいと思います

虎杖悠仁くんがお見舞いに来てくれました
私の人生でお見舞いなんて初めてのことです

「伏黒が軽傷だったのって、先輩のお陰でしょ」
疑問符も付けず確信したかのように聞いてきました
「私は私に出来ることをしたまでです。それより虎杖悠仁くんはお怪我されてませんか?」
「ん、大丈夫!それより俺さ、ずっと言おうと思ってたんだけど」
何を言われるのか緊張しました
罵られるのは慣れていますが、虎杖悠仁くんには嫌われたくないと思ってしまいます
「虎杖悠仁くんって呼びにくくね?悠仁でいいよ」
その言葉に驚いてしまいました
下の名前で呼び捨てだなんてしたことがありません
「まるでお友達みたいですね」
ついそう零してしまいました

「良いじゃん、友達!なろうよ順平も一緒にさ」
虎杖悠仁くん、ではなく悠仁くんはいつも私に初めてをくれます
悠仁くんは私の初めてのお友達になりました
吉野順平くんともお友達になれると嬉しいのですが

「いたど、いえ悠仁くん。貴方に謝らなければならない事があります」
「んー?」
「私は五条悟さんに貴方の死刑を望んでしまいました。申し訳ありませんでした」
許して貰えないかもしれませんが、私は謝罪をしなければならないのです
「あーそれ、俺知ってる。五条先生から聞いたし」
「…よくお友達になろうと言えましたね」
「先輩にはこないだ京都校の人達から助けて貰ったし順平も助けて貰ったから!」
─あ、そのお礼言ってねえわ!ありがとう!
そう言って笑う悠仁くんの笑顔が眩しくて思わず私も笑みが零れました


「へえ、あの禪院の傀儡も笑えるんだ」
突然五条悟さんが現れ、ひゅっと喉がなります
五条悟さんはどうしても怖いのです
無意識に悠仁くんの腕を掴んでしまいました
「五条先生、先輩いじめんなよ」
悠仁くんが咎めるように言いますが、悪いのは私なので五条悟さんが咎められる謂れはありません

「五条悟さんは悪くありませんよ、貴方を傷付けようとした私の責です」
「わかってんじゃん」
五条悟さんは相変わらず冷たい目で私を見ます
目隠ししていても何となく雰囲気は伝わってくるのです

「京都校の生徒たちから聞いたけど、悠仁のこと助けたんだってね」
「先輩がいなかったら俺絶対死んでたね」
「そんなことないですよ、東堂葵さんは貴方と闘いたがっていたみたいですから」

「まあそんな事どうでもいいんだけど、僕関わるなって言ったよね」
─また君の大好きなご当主様から何か言われた?
五条悟さんの威圧感に言葉を失います
私が何を言ったところで無駄なのだと思います
黙って下を向くことしか出来ませんでした

「何でそんなこと言うんだよ!先生!」
悠仁くんが五条悟さんに噛み付きます
「だって有り得ないでしょ。ソレ禪院の傀儡、意思のない人形みたいなもんだから」
「先生ッ!!」


「…初めてだったんです」
私の声にお二人が私を見ました
「吉野順平くんを直したら、悠仁くんも吉野順平くんも私にお礼を言ってくれました。吉野順平くんの母君も彼を通して感謝を伝えてくれました。初めて誰かに感謝されて心が暖かくなりました。今までそんな感情知らなかったんです。誰かに感謝されるのがこんなに嬉しいことだなんて」

「だから悠仁くんには生きてて欲しかった、伏黒恵くんの為でもご当主様の為でもなく。私のために、助けたのは私の我儘です」

顔を上げて五条悟さんに自分の意思を伝えました
もう傀儡では在りたくありません


「君はあの時独断で悠仁を死刑にするように言ったけど目的は?」
「それは」
悠仁くんの様子を伺いながら言葉を選びます
死を望まれて嫌な気がしない人は居ないでしょう
「俺気にしてないから先輩教えてよ」
悠仁くんにそう言われれば口を開かない訳にはいきませんでした

「悠仁くんが両面宿儺を制御出来ずに伏黒恵くんを傷付けると、それは五条悟さんの責任になってしまいます。悠仁くんを生かしたのは五条悟さんですから」
悠仁くんはその言葉の意味を計りかねているようでしたが、五条悟さんは理解したようでした
「恵を禪院に奪われないようにか」
「どゆこと?」
悠仁くんは両家の関係に詳しくないようですから、伝わらなくても無理はありません

「禪院家は恵のこと超欲しがってて、僕が隙を見せればすぐにでも掠め取ろうとしてるわけ」
「悠仁くんは五条悟さんの隙になり得たので、申し訳ありません」
暫く考えた後、悠仁くんは思い付いたかのように言いました
「つまり先輩は伏黒のこと守ろうとしたんだろ!」
禪院ってやばいとこだって聞いたし、と悠仁が話します


「僕もう行くね」
ばいばーいと手を振って五条悟さんは部屋を出ていきました

やはり私には五条悟さんが恐ろしく感じました

「先輩感謝されたことねぇって言ってたけど、任務先とかでお礼言われないの?」
悠仁くんがそう尋ねます
「私の主な任務は呪詛師を殺すことですから」
影の無い呪霊よりも影のある人間の方が私にとって相手をしやすかったので、いつも呪詛師を殺す任を仰せつかっていました
「怖くないの?俺こないだ初めて人を殺したんだ、超怖かった」
確かあの時の呪霊のことなのでしょう
人の魂の形を変え人ならざるものとして使役していたらしいですから
「怖いです。今でも怖いです。あの人達にも人生があって、もしかしたら大切な人がいたのかもしれません。それを考えると恐ろしくてたまりません」
「なら!」
「ですが、彼らを殺さないと善良な皆様が殺されてしまうかもしれません。私は常に天秤で命の選択をしているのです」



「先輩はさ、他のみんなと仲良くないの?」
「随分率直に聞きますね」
悠仁くんの質問に苦笑いを返す

「私は禪院の傀儡ですから」
「さっき五条先生も言ってたやつ!”クグツ”ってどういう意味?」
「操り人形ですよ、私はご当主様の言いなりでしか生きてこれませんでした」
「でもそれやめたんだろ」
確かに悠仁くんを守るときに与する気はないと言いましたが

「ならもう問題ないじゃん!折角一緒に過ごすんだしみんなと仲良くなろうよ」

「…こんな私でも仲良くなれますかね」
私と仲良くする価値はないはずです
禪院として何かしてあげられる訳でもないですし、私個人に特別な価値がある訳でもないのです
「難しいこと考えないでさ、笑って挨拶したら誰とでも友達になれるから!」
悠仁くんの言葉は私には難易度が高いようです
それでも魅力的な言葉でした









「禪院颯と申します。改めてよろしくお願いいたします」
今まで能面のように無表情だった顔が、ふわりと綻んだ
禪院真希を初めとする二年生は思わず息を呑んだ

あんなに柔らかい表情をする禪院颯を見たことがなかった
機械のようだった颯に感情が現れたのだ

真希はそこで漸く颯が禪院家の縛りから解放されたことを知った


「おい颯、やっと傀儡から卒業か?人間始めましてだな」
颯の肩を叩いて笑う真希
それを見てパンダも狗巻棘も一緒に笑っていた

そして颯はまた友達が出来た



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