伸ばした指先が泣いていた
※自殺
伸ばした指先が泣いていた。
なんだかふらふらする。訳の分からない浮遊感に揺られ、ゆっくり足元を見下ろす。
「十分すぎるくらいだな」
随分と高い所に辿り着いてしまった。荒く抉れた崖っぷち、真下に待ち受けるのは荒れ狂う波とそれによって研がれた刃。
波の音と風が五月蝿く鳴っている。音楽を聞くのを諦めて、耳からイヤホンを外し海へと音楽プレイヤーを放り投げた。
忽ち小さくなって白い波に消えるそれに唇を吊り上げる。
『俺もね、あいしてたんだよ。ちゃあんとね』
最後に征十郎にそう言って電話を切った。嘘なんかじゃない。俺はいま此処に立っている、それが答えだ。
諦めてしまうのがきっと一番正しくて、でも俺はそれが上手く出来なかった。応えてやれない悔しさを、報われない虚しさを、間違っていたという現実を、受け止めるこころを持っていなかった。
処理出来ない演算を一生抱えて生きていくくらいなら、電源を落としてやる。セーブもコンテニューも出来ないけれどぶちりと切って、全て忘れてしまおう。
風に揺られる髪が否応なしに視界に入る。彼の鮮やかな赤とは少し違う、ややくすんだ赤色。
未練で足がすくんだ。
あと一歩で終わることが出来るのに、その一歩が出せない。躊躇した。彼の哀しみを思って躊躇した。
「……糞みたいな人生だった」
目下の魚たちに告ぐ。時間がないんだ、速やかに俺を喰らい尽くしてやってくれ。
深い呼吸をを繰り返して、一度息を止めて振り返る。誰もいない。当たり前だが、なんとも――
「さびしいもんだ」
見えない何かから一歩後ずさる。境遇とか血筋とか、俺を縛っていた輩だろうか。
残念ながら、たったいま俺はすべてを放棄したのだ。考えることを、生きることを。
無意識に伸ばしていた手はだあれも掴んじゃくれない。ただ、落ちるだけ。重力に逆らって、しずくが天へと昇ってゆく。
人知れず、悲しい躰が哭いていた。
/20131202
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