02
「……なぁ、名前」
「ん? お礼ならするよ」
「そいつはいい心意気だ。じゃあ、説明してくれ」
「は?」
「どうしてお前には味覚がないんだ?」
その日の訓練をこなし、就寝前の空き時間に問う。
名前は目を見開いて、諦めたように俺の袖を引いて外に出た。
ひんやりとした外気に晒される。
「……なんで知りたいの?」
「なんでもいいだろ。文句あるか」
「別に。……ジャン、俺の経歴話したよな」
「ああ、ウォールマリア出身で、家族を亡くしたんだよな」
「……ウォールマリアは巨人のせいでメチャメチャになったからそれで通してる。分かるよな?」
薄々は感じていた。経歴が偽りである可能性。
お前は誰なんだと問えば、歪んだ笑みがこちらを捉えた。
淀んだ目をしている。まるで別人を見ているみたいだった。
戸惑う自分を一瞥して、名前は真の経歴を話始めた。
彼は地下街にて生まれた。
よくある、娼婦と客との間に生まれた子供だった。
彼の母親ははじめは彼を捨てずに育てこそしたものの、やはり手を上げ始めた。
彼女にとって子供は自分の召し使いであり、ストレスの捌け口でしかなかった。
名前は幼少期を酷い虐待の中育った。
始めに暴力から逃げるために痛覚が麻痺した。
そして、無理矢理押し込まれる"食事"という名のゴミを飲み込むために味覚を失ったのだ。
ある程度の歳になると母親のもとを飛び出し、訓練兵に志願できる歳になるまで地下でゴロツキとして生活していたという。
ゴロツキ時代、無茶をしている間に痛覚は戻ってきたが、味覚は今だ戻らないという。
彼の人生は過酷そのものだった。
名前は一息ついて、満足かと言った。そうじゃない。
「お前……知らないのか、覚えてないのか」
「味覚?……涙と汗は"塩"で、血は"鉄"の味らしいね。知識だけど。つまり、覚えてないよ」
目の前が暗い。
自分はこんな人間がいると知らないまま今まで生きてきたのだと思うと胸が苦しくなる。
「っ……取り戻そうとか、思わねーのかよ!」
「どうやってだよ!!」
思わず叫べば、もっと悲痛な声で名前が胸ぐらを掴んできた。
今まで堪えていたであろう涙がぽろぽろと頬を伝い落ちた。
ああ、泣かせてしまったのだ。
「……おい。俺、協力するから」
「……っ」
「名前だって、このまま死にたくねぇだろ……!」
「っ!……そう、だね」
譫言のように返事をした名前を緩く抱き締める。
かたかたと震える名前の指が、俺の団服をきつく握りしめた。
白くなった指が、ひどく悲しく見えた。
/20130819(毒を飲んだきみの舌が恋しい)
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