02
「えっ、名前さんがお相手ですか?」
「……エレンは俺じゃ不服?」
「いえ、そんなことは……!」
目の前で軽やかに屈伸運動をするその人は、その端正な顔をずいと近づけて不満げに言った。
掃除や実験の合間に名前との対人格闘訓練が組まれた。対人格闘自体は巨人化の際に有用であることは理解している。ただ、名前が相手なことに驚いているのだ。
彼は多忙なリヴァイの代役に選ばれた。エレンは細身な名前が強いとは到底思えなかったが、リヴァイの推薦だ。きっと見かけによらず強いのだろう。
背丈はエレンより高い。やや名前を見上げながらお願いしますと挨拶をする。
「じゃあ、エレンから仕掛けてよ」
今から戦うとは思えないような笑顔が向けられる。戸惑いを振り払うようにエレンは名前に向かって走った。
こうやって地面に転がるのは久しぶりかもしれない。訓練兵時代はもっと土が乾いていたなぁとエレンが現実逃避を始めると、名前が慌てて抱き起こしてくれた。
「っ……大丈夫? 痛くない?」
「大丈夫、です」
結論から言うと、名前は強かった。自分では勝てないくらいに強かった。アニとはまた違って、計算と経験に基づく緻密な動きが強みだった。
「……お強いんですね」
「そう? 俺は仕方無く身に付けた技術だからね。エレンの技術は必要性のあるものだから、いっぱい盗んでよ」
石階段に並んで腰を下ろして言葉を交わす。二人きりの会話は初めてだ。
隣に座る彼を盗み見る。汗ひとつかいていない。初めて会った時も思ったけれど、やけに白い肌だった。――日を浴びなかった肌。
「あの、不躾な質問なんですけど……名前さんも地下街のご出身だと聞きました。リヴァイ兵長とはその時から……?」
「そうだよ。じゃないと俺はこの場にいないと思うし。まあ、あくまで俺はリヴァイのオマケ」
「そんなことはないと思います」
「……ありがとう、エレンは優しいね」
頭をくしゃりと撫でられる。そのまま彼は建物の中に入っていってしまった。
ひとりポツンと取り残されたエレンは、ゆっくりと頭に触れた手のひらを思い出す。
彼の手は、優しい手だった。彼はエレンに優しいと言ったけれど、彼のほうがずっと優しいひとなのだろう。
「……名前、さん」
なぜだろう。リヴァイ班の面々は、エレンという不安定なバケモノを囲うための謂わば人間の檻で、どうしても線引きをしなくてはならないものだと思っていた。
けれど彼はあっさりと線を飛び越えて、あたかも普通に接してくる。それどころか――気を遣ってさえくれる。
彼の何がそうさせるのか。もしくはエレンの何がそうさせるのか。分からない。
ただ、あたたかかった。
/20130815(ぬくもりの意味)
←:back:→
≫top