小指に触れたらまっさかさま



朝起きると、金魚草が此方をじっと見詰めていた。朝からホラーな光景である。
欠伸を噛み殺しながら小型のジョウロで水を遣る。不気味に泣いているが喜んでいるんだろう。
ある日仕事から帰宅したところ、玄関に金魚草が一鉢置かれていた。そのまま放置するのも可哀想だったので何となく世話することにした。暇というか、あまり趣味のない人間なので丁度良いと思ったのだ。捨て猫ならぬ、捨て金魚草(鉢植え)――わざわざ捨てる奴がいるのか疑問ではあるが。

「あー、おはようさん」

最近愛着が湧いてきたのか挨拶するようにまでなってきた。もしかして、心の奥底では寂しいのだろうか。ただの痛い奴なんだろうけど。
早めに起きてのんびり支度をする。余裕のある感じがいい。非常に慌ただしい職場なので家くらいゆっくりしたいと思うのは仕方のないことだろう。
朝からまたいつもの仕事をこなして、ちょっと抜けてる後輩を罵りながらフォローする。いつも彼がしでかす度に俺が尻拭いをさせられている。いい加減にしやがれ。

「すみません、先輩」
「まじお前しばくぞ」
「……ひぃ!」
「冗談だよ。今回は」
「き……気を付けます」

昼食は基本食堂で摂っている。主に後輩がやらかすから昼飯を罪悪感にかこつけてたかっているだけだ。今日は日替わり定食(別途デザートを付けてもらった)だ。

「そうだ、閻魔殿の金魚草って誰が育ててるんだ?」
「鬼灯さまだって聞きましたけど……金魚草に興味でもあるんですか?」
「いや、別に。お前の口に突っ込みたいなと思ったんだけど」
「やめてください!」
「冗談だよ」

丁度食べ終わったのでトレイを返却しに立ち上がった。後輩に一応お礼を言いつつ食堂を後にする。
そしてまだ午後の勤務開始時間までに余裕があるのでふらふらと中庭へ向かった。水遣りをしている人がいる。遠目からでよく分からないが鬼灯さまだろう。

「あの、すみません」
「はい?」

作業が中断したタイミングを見計らって声を掛ける。忙しい所申し訳ないと断りつつ、家の前に置かれた金魚草を育てていること、これからどう世話をしていいのか分からないからここに混ぜてもらえないかという話をした。
鬼灯さまは微笑しながら首を横に振った。

「駄目ですよ名前さん」
「……どうして、俺の名前」

鬼灯さまって笑ったりするんだと思った直後に俺の名前を何故かご存知でいらっしゃるという事実。怖い。

「あの鉢植えを置いたのは私です。育ててくれているんですね。嬉しいです。ここまで心配してくださるとは……嬉しいような妬けるような気がします」
「……は?」

焼ける? 妬ける?
言葉の意味を理解しきれない。まさかそんな事ってあるもんか。
唖然とする俺に、鬼灯さまは頬を染めながら俺に言う。

「可愛い私の子です、育ててあげてくださいね。分からなかったら何でも聞いてください。そういう仲から始めましょう、名前さん」

『私の子』という表現が引っ掛かって仕方がないが、ただの平である俺が断れる筈もない。後輩に辛辣だと定評があるそうだが、生憎権力には弱い。

「……最終的にはどんな仲になるんですかね」
「判って頂けませんか? 勿論、恋仲ですよ」
「はあ?!」
「よろしくお願いします」
「え、ちょっと」
「……名前さん、好きですよ」

それだけ満足そうに告げて、閻魔殿の中へと帰って行く鬼灯さま。追い掛けることもできない。呆然と立ち尽くす。
金魚草、枯らさなくて良かった……のか? どちらにせよ駄目な気がする。
勤務開始時間まであと三分。続きは帰ってから、酒を片手にあの子に相談しながら考えるとしよう。


/20140817
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