不滅な温度
※前半女主もいる
隣の席でにこにこ笑いかけてくるなまえちゃん。最近の席替えで隣になってから割と話すようになった。
結構可愛くて、密かに狙っている男子もいて、なんたって笑顔が素敵な女の子。こっそり俺も好きだったのだけど、あの及川徹と付き合っているという話を聞いてからなんか萎えた。きっと他の男子だったら流せた。けれど相手は女子の目線を独り占めしているような男だ。しかし今までの例に漏れず、彼女は彼と別れてしまった。彼女の口から聞いた。
三角関係な少女漫画を原作にした映画が封切りとなり、女子たちの話題はそればかり。なまえちゃんもその映画を観に行ったらしく、その感想を話してくれた。彼女の唇からは酷評のことば。これは一般的な女子高生の友達とは話せないよなぁ、と少し優越感を感じた。
俺もそういった類の話はきらいだった。それ以前に、俺の中で「すき」という感情は汚いものだという価値観が出来上がっていて、三角関係を拗らせて泥沼離婚した叔父のことが何となく頭をよぎった。重くなるので言わずに、俺も苦手かなとか適当に返した。
さて、話を戻してなまえちゃんについてだが、俺は正直これが夢じゃないかと疑っている。信じたくない。すでに若干汚れかけている清純なイメージを壊さないでくれ頼むから。
「ねえ、聞いてる?」
ああ、俺の聞き違いじゃなかったら、「男は突っ込むモノも突っ込まれる穴もあるのに、女は片方しかないなんて不公平だよね」って言ったね。話飛躍し過ぎてついて行けない。それより昼休みにガッツリ下ネタをぶち込んでくるなまえちゃんに震えが止まらない。
「……うん、聞いてた。で、いきなり何? まだ昼だよ?」
「えっ、男女が不平等って話でしょ?」
「……えっ?」
ちょっと意味がわからない。18年かけて覚えた日本語では太刀打ち出来ない。何故。
そんなことがあったのが去年の夏、高校生活最後の最後で及川くんと同じクラスになったとき、彼女のことを思い出した。懐かしい。むしろ残ってた淡い恋心が完全に粉砕された、ほんのり塩味な思い出だ。
まあ席が前後になったら必然的に仲良くなるよね。去年まで仲良かった奴らとは見事に離れたし、ひとりじゃ寂しいのも事実だったから距離が縮まるのに時間はかからなかった。実際の及川徹は、去年まで俺が何となく嫌悪していた及川徹とは違っていた。
きっと普通に女の子のことは好きなんだろうけれど、群がってくる女の子たちに向けるのは愛想であり、感情ですらない。そこにいたから、応援してくれるから、好意を向けてくれるから無下にせず応じているだけで、彼女たちは哀しいかな限りなく無に等しい僅かな感情でさえ向けてもらえない。
及川徹が感情を向けるのは、ライバル視している輩だったり、チームメイトだったり、友達だったり。そんな奴だと気付いてしまった。
勿論一緒にいれば悪いところも見つけるわけだけど、それもひっくるめて及川徹はいい奴なんだと結論付けた。友達扱いされて、なんだか満足感を覚えた。
だから、俺と及川はただの友達で、こんな、ことには、ならないと思うのだけど、どうなんですか。
俺一緒にテスト勉強しようって言ったよね。家に上げたよ、だって誰もいなかったから。だからさ、どうして、俺は及川に床に押し倒されて身動きが取れないんですか。
恐る恐る閉じていた目を開ける。強かに打ちつけた後頭部の痛みは段々引いてきた。なんだよその真剣です、みたいな目は。バレー絡みの時にしか出来ないんじゃなかったのかよ。
「……おい、かわ」
「すき」
「……は、冗談」
「冗談じゃない。前に言った時、名前ちゃんは取り合ってくれなかった」
「言ったっけ」
「体育祭の帰り」
「普通、本気なんて思わないだろ」
及川の顔が歪んだ。水の膜が歪んで、ついに決壊した分が俺の頬に落ちてくる。天井のライトによってきらきらと光って見えるそれ。ちょうど唇にぽたりと落ちた滴を舐めとれば、俺を床に縫い付けていた本人が顔を赤らめた。
「……なめ、っ?!」
「しょっぱい」
「あ、当たり前デショ」
「……ね、及川」
「イヤ。退かないからね」
雰囲気が和らいだ今なら、と思ったのだけどそこまでガードは緩くないらしい。また表情が険しくなって、声のトーンが下がる。ビクともしない腕に、非力な自分を恨んだ。部活をしなかった俺の所為、そして何より青春を棒に振った気がしなくもない。
「……いつから俺のことすきだったの」
「知らない。気付いたときには好きだったよ」
「そっか」
改めて自分の恋というものを振り返ってみる。初恋は保育園の先生。ベタすぎる。クラスで一番可愛い子とか、学年一の美少女とか、みんなが好きな子を好きになっていた気がする。変わったのは高校。そう、なまえちゃんだ。
でもどうして。彼女のあの笑顔が好きだったのに、彼女を思い出そうとしても、何故か上手くいかなかった。変わりに脳裏に鮮明なままでちらつくのは、目の前にいる及川徹という男の笑顔。ねえ、どうして。
及川の涙が乾いて皮膚がひきつる。塩分過多な頬にまた新しいものが追加される。今度は俺の涙だ。
「手、どけて」
「……イヤ」
「どうしても。お願い」
俺の涙で向こうがぎょっとしている。腕を押さえつける力も少し緩んでいた。
目をじっと見詰めながらお願いすれば、及川が渋々といった感じで腕から手を離した。血流が滞って上手く動かないが、自分の出来る最大の速度で及川の首に腕を回す。そしてそのまま下へ。重力のはたらく方向へ。
「っ、え……?」
「ぐえ、やっぱり重い」
「酷い! ってか、えっ、名前ちゃん?!」
体全体に掛かる、及川の全体重。背も高いし運動部だし当然重い。それに耐えながらぎゅうぎゅう及川に回した腕に力をかけた。及川の動きがぴしりと固まる。
「……俺、及川のこときらいじゃないよ」
「じゃあ好き?」
「どうだろ。分かんない」
「……期待、しても」
「いいよ」
「っ、名前ちゃん!」
「うん?」
「俺、頑張るからね」
その返事は果たして正解なのか、否か。
「……とりあえずバレーだけにしとけば?」
「絶対にイヤ」
「ん、そっか」
機嫌を良くした及川が頭をグリグリ首元に押し付けてくる。とてもくすぐったい。それはスキンシップの多い及川の、よく知っている温度だった。
そんなに嬉しいのか。随分安いなぁ。
俺くらいなら、及川にあげても、いいのかな。なんて。
/2015/03/15
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