僕らの愛は硬貨一枚分



練習が他の部活との兼ね合いで午前中で切り上げられたのだが、木兎に付き合って部室でだらけていた。気分屋の木兎が帰ると言いだしたのでもう既に纏めてある荷物を背負って立ち上がる。
ドアに掛かっている部室の鍵を手に取った。

「ほら、締めるぞ」
「ちょい待ち!」
「ちゃんと待ってるだろ」
「名字のオトコマエ!」
「はいはい」

ちんたらしている木兎をせっついて、鍵を宙に放った。相変わらず元気なやつだ。放物線を描いて手元に戻ってきたそれを難なくキャッチし、指に引っ掛けてくるくると回す。まあ、はっきり言って暇を持て余しているのだ。
木兎を俺に押し付けて早々に帰っていった同級生たちに、別に文句をつける気はない。あいつらも折角の休みにやりたいことが色々あるだろうし、休みまで木兎の世話を焼くなんて御免だろう。
ではなぜ俺は木兎に付き合って無駄な時間を過ごしているのか。理由は単純明快。
木兎といると楽だから、だ。何も考えなくて済むのがいい。進路とか、この先の試合だとか。俺を悩ませる案件から一時的ではあるが現実逃避できるのだ。
そういう意味で俺は木兎のことが好きだし、まあこれからも仲良くしてくれねぇかなぁとは思ってたりする。向こうは此方をどう思ってるのか知らないけど。たまにふざけて「ダイスキ!」とか言ってくれるから嫌われてはいないと思う。たぶん。これで嫌われてたら名前くんいきていけない。
職員室に鍵を返して、門の外へ出た。
初夏の昼過ぎ。予想以上に暑くて、つい顔を顰めた。

「あっちーな」
「確かに。時間的に今が一番暑いぞ」
「まじかよー」

おい小学校でやらなかったのか。言いかけて口をつぐむ。木兎の機嫌をあえて損ねるなんて面倒なことはしない。
初夏だと侮っていた。暑さを感じさせるような太陽の光と、おまけに無風という状況だ。そりゃあ暑くもなる。
なんとなしにポケットに手を入れたら、爪先がこつんと何か硬いものに当たった。丸くて薄いそれ。初めはゲーセンのコインを持ち帰ってしまったのかと思ったが、サイズが少し小さい。淵のギザギザ。
――ラッキー、百円玉だ。
ささやかな幸せを感じながらそれをポケットへ戻そうとした時、ふと視界に入ってきた自販機。しかも一本百円で買えるものもある。
隣でさも暑そうに襟をパタパタさせている木兎を尻目に、自販機に百円玉を入れた。サイダーでいいや。ピッという電子音ののちガコンと鈍い音がする。

「あっ、名字ずりぃ!」

耳聡く反応した木兎が勢いよくこちらを振り返る。取り出し口から出したペットボトルを木兎の目の前に翳した。
ぱあっと萎れていた表情が明るくなる。

「制服に百円入ってたからお前に奢ってやるよ」
「……まじ?!」
「うん。てかジュース一本で元気だな」

だらけきった顔でペットボトルのキャップを捻る同い年の精神年齢小学生を見て、こっそり微笑む。この調子じゃ毎日が飽きないんだろうなぁ。
ジジ臭いことを考えながら、一口返すと差し出されたペットボトルを受け取った。流し込めば、喉の奥で炭酸が弾ける。
なんとなしに木兎と目が合う。木兎はいつもの裏も表もないような元気な笑顔を向けてくる。彼のようにはいかないけど、俺も俺にしては優しく笑い返す。
それを見てさらに木兎が笑うもんだから、今まで抱いていた百円の価値というものが揺らいでしまいそうだった。


/2015/04/24
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