05



次の日の深夜。昨日の分を取り返すべく動き回り、クタクタに疲れていた。早々に眠りにつき、今夜は熟睡できそうだなぁと何の根拠もなく思っていたのに。
頭を物理的に抱える。どうすんのこれ。うそだろ? なあ、うそだって言ってくれ。
寝苦しくて目が覚めたら、なぜか昨日と同じ構図が出来上がっていた。これは意図的、なのだろうか。そもそもなぜ昨日に引き続いて黒尾さんが隣の布団なのかというと、おれはまだ様子見から脱していないから、らしい。なんて横暴。

「くろおさん、お願いだから起きて」

なんとか体を捻って肩の下あたりを揺する。全くの無反応に泣きたくなる。おれだって寝たいよ。昨日は知らないうちに寝ちゃったけど、普通の格好で寝たいよ。熟睡したいよ。真夜中寝苦しくて起きるなんていやだよ。
黒尾さんは全然起きてくれない。黒尾さんの幼なじみである研磨に助けを求めようかと思ったけれど、穏やかな寝息が聞こえてきたのでやめた。寝たいのは誰だっておんなじ。途中で起こされたくはないだろう。まあ、おれは今被害にあってるんだけど。

「……くろおさんってば」
「んー」

ついに黒尾さんがもぞもぞ動き出したのでこれはチャンスかと思いきや、感じるのは強くなる腕の力。さらに身動きが取り辛くなって、これはいよいよ諦めて寝るか比較的自由な足を使うかの二択に。

「……うーん」

相手は先輩だ。無下にできない。しかも黒尾さんは一番お世話になっている先輩だし、一番の友達(少なくともおれはそう思っている)の幼なじみで、彼がバレーを続ける理由は間違いなくこの人だ。音駒高校バレーボール部の主軸となる選手でもあり、おれの当面の目指すべき目標でもある。
そんな黒尾さんに、もしなにかあったら。だからおれはできない。指とか、この暗闇の中で力任せにやって何も起きない保証はない。その確率が高くないのは知っている。しかしどんなに低くともゼロにはならない。起こる確率が何パーセントだろうと、起きてしまえば『起きた確率』は百パーセントなのだから。
珍しくとてつもなく哲学的なことを考えている自分に感動してたら、この日の夜は知らない間に次の日の朝になっていた。やはり睡魔には抗えぬ。仕方ないよ、にんげんだもの。あとおれはバカなので。



▼△▼



翌朝、誰かに名前を呼ばれた気がしてパチリと目を開けた。周りを見回す。まだ薄暗い。乱れた布団から視線を上に向ければ、随分と呆れた顔をした夜久さんが俺を、厳密に言えば俺たちを見下ろしていた。

「……なにやってんのお前ら」
「くろおさんに聞いてください。はなしてくれないんです」
「は?」
「むしろ剥がしてくれませんか」
「いいけど……お前ちゃんと嫌なら嫌って言えよ。無表情じゃ伝わんねぇぞ」
「偶然かと、思って。あとおれは無表情じゃないです」
「ねぇよ。どっちもな」

真顔で即否定された。おれの気のせいでなければ、若干青筋が浮かばんばかりの表情である。大きく振り上げられる夜久さんのおみ足。めっちゃ怖い。おれには流石に当たらないとは思うが、あまりの恐怖に目を閉じた。

「おら黒尾! 起きろ!」
「ぐえっ」

鈍い音。蛙が潰れたようなうめき声。

「……黒尾さん、大丈夫ですか」
「なに心配してんだ名前。怒れよ」
「おこ、る?」

なんで? 頭の上に疑問符が量産されていく。ああ、そういうこと。やっと分かった。
夜久さんは呆れ顔。黒尾さんはまだ状況が飲みこめていない様子だ。

「黒尾さん、寝れないんでそれやめてください」

言った。言えた。おれえらい。
言えたことに満足して、返事を聞かずに立ち上がる。もうそろそろ周りが次々と起き出す時間だ。混む前にさっさと顔洗ってご飯食べよう。そんで練習。

「……名前」
「あ、研磨。おはよ」
「クロに、俺から言おうか」
「ん? 平気だって」
「イヤならちゃんと言ってね」
「それ夜久さんにも言われた」

いつの間にかとなりに並んだ研磨を見下ろす。やっぱりやりとり丸聞こえだった。起こしてごめんね。
仮に、おれと黒尾さんがギスギスしたら1番とばっちりを受けるのは研磨だ。それを避けるために、先手を打ってこう言ってくれているんだと思う。たぶん。それでも研磨に気を遣って貰うのは何だかくすぐったい。
それを紛らわすため、根元の黒さが目立つようになった金髪に手を伸ばした。

「おれも次、金髪にしようかな」
「名前、案外赤似合ってると思うけど」
「まじ?」
「でも次は全部赤くするとかやめてよね」
「さすがにしないよ? ジャージも赤なのにすごい痛い奴じゃん」
「そっか」

赤。このチームの色。
確かそんな理由で毛先を赤くした。染めようと思ったのは研磨の頭を見てからだけど。全部は勇気がなくて出来なかったけど、まあ今となってはしなくて良かったとも思う。
全部赤に染めたら、あの人は何て言うのかな。無意識にそんなことを考えて、ほんとバカみたいだって思った。


/2015/03/27
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