06
休憩時間中、夜久と目があった。そのままお互い無言だったが、いきなり目力が強くなり、距離を詰められた。いきなりどうしたのか聞こうと口を開こうとする。俺がそれを言葉にする前に、小声で低く問いかけられた。
――なあお前さ、なにがしたいんだよ。
夜久にそう言われて一瞬思考回路が固まる。何がしたい。どうしたい。どうなりたい。次々と向けられる疑問に、ほとほと困り果てた。
逆に俺が聞きたいことばかりだった。
「何でお前が困ったみたいな顔してんだよ。困ってんの名前だろ」
「……そうなんだけど」
「なんだよ」
「あとでちゃんと謝る」
はぐらかすために口を開く。不服そうな夜久は何か言いたそうな顔をしたが、結局は何も言わなかった。そんなに名前が心配なのか。あいつ、愛されてるもんなぁとしみじみ思う。
どうなりたいのか。結論は出ている。どうなるのかはわからないけれど。
▼△▼
体育館に響くホイッスルの音。本日の練習が全て終わった。終了と同時に名前は「もうむりだめしぬ」と早口で呟き、床にばたりと倒れた。研磨も膝から崩れて、名前の隣にへたり込む。
慣れているはずの俺たちでさえ堪えるような練習だ。名前たちにはさぞ辛かろう。床に突っ伏している二人の顔を見やる。
「生きてるか」
「……うん」
これはどうやら無理そうだ。部内で一二を争うレベルで貧弱な二人だ。体力がない。それを補って余るものを感じさせるとは言えども、毎回倒れられても困る。それがゲームのせいなら今すぐ改めて欲しい、切実に。
研磨は床に座っているが、名前は突っ伏したままだ。
「……研磨、名前」
「俺は立てるけど……名前の心配したら」
そう言われて名前と研磨を見比べる。名前の方が明らかに重症だった。ずっと返事もない。研磨は「名前、俺先行くね」と立ち上がって歩き始めた。
問題は名前だけになる。
「大丈夫か」
「……きもちわるい」
「スポドリとか飲むか」
「……ん」
「よし、大人しくしてろよ」
拒否されたらぶん殴ってでも連れて行こうと思っていたが、今日の名前はやけに素直だった。単純に頭が回っていないだけなのだろうが、感情を表に出すことの少ない名前がこんなに表情を緩ませて甘えてくるのは珍しい。
大人しくしているうちに運んでしまおう。そこまで華奢なわけではないが、うちのなかでは軽い方だと思う。
このくらいなら軽々とはいかなくとも自力で持ち上げられる。なんとか名前を背中に乗せた。
「名前、腕回せるか」
たどたどしく腕が回されたのを確認してから歩き出す。これくらいの体重ならおんぶさえしてしまえば余裕だ。後ろで名前が小さく笑いを零した。
「くろおさん」
「ん? なに」
「これ、いつもとはんたいですね」
「……そう、だな」
いつもと反対。もう言い逃れは出来ないという事実。さあ、俺はおまえに何て言うべきか。
自販機の前のベンチに名前を下ろし、ポケットにちょうど小銭があったのでスポーツ系飲料のボタンを選んで押す。ガコンとペットボトルが落ちる音に名前がこちらを向いた。
キャップを開けて渡してやる。
「……ほら」
「ありがと、ございます」
ぼんやりとしているというか、イマイチ焦点があっていないような目。頼むからこぼすなよ。いつにも増して死んだ目をしている。
ペットボトルが傾くたび、中身がぱちゃりと音を立てて揺れた。少しの音でも随分響く。
「落ち着いたか」
「……はい」
顔を覗き込めば、幾分かは回復したように見えた。 このまま話を切り出してもいいものかと思案する。
もうどうにでもなればいい。やけだった。
「名前、怒ってるか」
「……へ? ああ、朝も夜久さんと同じやり取りしましたね」
驚いた顔をしたのち、名前はへにゃりと笑った。最近こっそり笑うことは増えたけれど、こんなに気の抜けた笑みを見るのは初めてかもしれない。
不覚にもどきりとした。なんだこれ。
「びっくりしましたけど、なんでかなぁって思いました」
「……うん」
黒いふたつの瞳で見つめられる。急かしているのか。なあ名前知っているか。俺は、これに弱いんだ。
/2015/04/09
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