君の色がほしかった



※後半に迅さんの目玉を抉ろうとする描写が少しあるのでご注意(未遂)







しきりにおれの目尻付近へ唇を寄せ、ちう、とかわいらしい音を立てて皮膚を啄むこのひと。曲がりなりにも自分の恋人であるし、年齢だけで言うならば自分より年上であるのだが、まるで雛を育てる親鳥のような気持ちになるのは何故なのだろう。
ささやかなリップノイズは未だに止むことなく続いている。こんな程度の強さでは跡は残らない。
わかってはいてもどうしてか胸がつきりと痛んだ。そうだ、さびしい、さびしいのだ。


彼はおれの瞳をひどく好いていた。それはそれはもう、その気持ちを恋と混同してしまうくらいには。
勘違いしたのは彼だったけれど、それを分かっていて受け入れたのはおれだ。
きっと、おれが悪いのだ。それでも彼のことが、彼の心が欲しいだなんて、身の程知らずな我儘だったのだろうか。今となっては分からない。

「……ゆーいち」
「なに、名前さん」
「ゆういち」

甘ったるくてだらしない声でおれを呼ぶ。甘やかに鼓膜が震えて、応じようとする声まで震えてしまいそうだった。
指がおれの輪郭を辿って、下唇に添えられる。
訪れる深い口付けが視えて、きつく目を閉じた。時間差で全身に襲いかかるような快感に、生理的に涙が滲む。
彼の狙いはこれだった。彼は瞳に生じた水の膜が決壊して溢れる瞬間をひそかに待ち侘びているのだった。

「ゆーいち、かわいい、きれい」

扇情的な瞳でおれを見つめるから。
赤い舌がちろりと覗く。悪趣味なひとだ。
彼は塩分を含んだ水をご丁寧に舐めとって、満足げに笑うのだ。
また伸びてくる腕、変動する未来。彼の手首を掴んで、その動きを止める。
バツの悪そうな顔でまた彼は笑う。

「……ありゃ、見えてる?」
「残念、読み逃してないよ」
「ざーんねん」

親指が目尻の方へ動き、爪が中へと入るか入らないか、というところで停止した。指に力が入るのが分かる。
おれの、め。めだま。虹彩のいろ。

「おれ、これがほしいんだよね」
「……いくら名前さんでも、これはあげられないよ」
「うん、だから……おれが死ぬ前に絆されてよね」
「どうだろうなぁ」
「じゃあ、もし悠一がおれより先に死んだら、こっそり盗んでいい?」
「あ、それはいいよ」
「ほんとだな? 絶対だぞ?」

子供みたいに目を輝かせて、ふにゃりとだらしなく頬を緩ませる。
名前さんは無邪気で、ときどき狂気的で、なんというか、可愛らしいひとだ。
おれは名前さんのことが本当に好きで、彼の気持ちが手に入るなら目玉のひとつやふたつくらい安いのかなとも思っていた時期もあったのだけれど、名前さんの瞳が見えなくなるのは困るのでこうしてお断りしているのだ。余分に持ってたら迷わずあげていたと思う。
彼は、おれの色よりずっとずっと綺麗な色をその瞳に持っていると思うのだけれど、彼には理解してもらえない。そう、所詮はないものねだり。
彼がおれの色を欲すると同時に、おれも彼の色を欲している。


いつか遠い未来、願いが叶ったりするのだろうか。未来はまだ見えない。



2015/08/26
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