微睡みに死ね
※黒尾中編主
寒い。寒い。
寒くて寒くてどうにかなりそうだ。
かじかむ指でインターホンを押す。不意に頭上から影が被さり、熱を伴った何かがぶつかった。
踏ん張りきれずによろめく自分の貧相な身体が憎らしい。ぶつかってきた当の本人はケロリとした顔で、自分の顔を覗きそんでくる。
「……う、わ」
「おう、よく来たな」
「こんばんは、黒尾さん」
外に長くいるのは耐えられない。ここは何度も来ている黒尾さんの家だ、彼より先に玄関へと向かっても許されるだろうと扉に手をかける。黒尾さんは寒いのに悪かったとおれに謝って、おれの代わりに扉を開けてくれた。
家に上がらせて貰えば、家族の方から声をかけられる。ない頭を使って失礼のないように返して、早速黒尾さんの部屋に入らせてもらった。
「……ふかふか」
「おー、ちょっと奮発したぜ」
見覚えのないふかふかのマットはおれが今夜遊びに来ることを見越して買ったのだそうだ。やだなあ、おれ、ちょうあいされてる。
例年通りなら、年明けは家のコタツでぐうたらしながら某年末番組をその時の気分でチャンネル変えつつ適当に見て、外へ誘いだそうとする友人に引き摺られて近所の神社の焚き火で温まりながら出される振る舞いを食し、仲間が騒ぎ疲れたのを見てやつらと同じタイミングで家に帰り眠る――というのがおれの年越しの過ごし方だ。
クソだと言われても特に反論の余地のない、ナマケモノの年越しだ。ちなみにおれはうどん派である。でもそばもいいよね。
座ったふかふかのマットは暖かく、下にはご丁寧にカーペットまで敷かれていた。そしてさりげなくひざ掛けまで渡された。完全に寒がりなおれへの配慮だ。いっそ嬉しい通り越して申し訳ない。
そのくせ、おれの頬はおれの意思とは関係なく熱くなった。この欠陥品め。
そのせいでさっきからずっと黒尾さんにニヤニヤ見られている。
「……黒尾さんおれのことすきすぎですか」
「うん、すげぇ可愛い」
「……とさかのくせに…けんまにちくってやる……」
「望むような援護はもらえないぞ」
「おれは一人でたたかうしかないのか……」
「個人戦やめたんじゃなかったのか」
「ギャルゲーは孤独なたたかいなのです」
「流石の研磨も手伝わないか」
「むしろ手伝って欲しくないし攻略も見たくないおれのちよ子は汚させない」
「だれだよちよ子」
「今朝汚しました」
「やめろ」
がばりと背中から抱きつかれて、そのまま力技で身体を移動させられ、最終的に黒尾さんの足の間に収められる。これぞ筋肉のなせる技だ。
「くろおさん……?」
「んー」
「あったかいです」
「そりゃよかった」
本当はゲームしようとか、ゲームしようとか、学校の宿題のわからなかった問題を聞こうとか考えていたのだけど。そんなことはどうでもよくなった。
彼は高校三年生。来年の春には、この部屋にはいないかもしれないのだ。
寒くはないのに指が微かに震えて、それに気づいた黒尾さんがエアコンの温度をあげようとリモコンに手を伸ばした。その手首を掴んで、何か言おうとして、言えなかった。
「……名前?」
知らない。なんと言えばいいか。それとも、何も言わないべきなのか、おれは知らない。
「えと、エアコンより、なにかあったかい飲み物、もらえますか」
「……おう、待ってろ。すぐ持ってくる」
黒尾さんがいなくなった空間で、ひとりクッションに顔を埋めて悶える。
なにも知らないままでいられたら幸せなのだろうか。もし、彼が思い込んでいるような無垢な自分だったなら、幸せになれるのだろうか。
滲む涙と訪れるまどろみ。いっそこの気だるさに溶けてしまえたら、どんなにいいだろうか。
2015/12/31
←:back:→
≫top