ソジーの錯覚
※洋南一年
※荒北さんが彼女(モブ)と別れたあとの話
※自転車はほぼ無関係
※荒北さんの口調迷子
「……あは、やっぱり長続きしなかったねぇ」
そう言って楽しそうに笑うこの男、名字名前とはこの大学で知り合った。決して交流の広くない荒北には珍しく、自転車とは縁遠い男だ。
同学部に在籍しており、初めて座った席が近く話し掛けられたことから仲良くなった。顔がなまじ整っているばかりに、主に他学部の女子の間でそこそこ名の知れた男。
荒北も初めて声をかけられたときは、その顔に戸惑った。
――なにせ彼は、荒北のかつての同輩に少し似ていたからだ。スッと通った鼻筋と顎のラインは、ナルシシズムに溢れたクライマーを想起させたし、重たげな瞼と大きな瞳は大喰らいで飄々としたスプリンターに似ていた。距離を縮める過程でわかったことだが、性格も何処か掴みどころがなく、限りなくマイペースである。さらに悪意なく考えたままの言葉を吐くところは、不思議チャンなクライマーである後輩と重なって見えた。
別に荒北自身、かつての仲間と別れた寂しさを感じたわけではないし、そんな理由でつるみ始めた訳でもない。
ただ、この男の隣にいるのは気が楽だった。それだけだ。
今日も意を決して彼女と別れたことを切り出したのに、至極楽しそうな顔をしているのが腹がたつ。一発二発はお見舞いしたいくらいだ。かつての荒北なら手を出しているところだが、なぜか彼に対して荒北は甘かった。その自覚もある。
未だにくすくす笑い続けている名字を睨みつける。
「ンだよ」
「俺の読み通りすぎて、つまんないなぁ……って思って」
「ハァ?! つまんねぇって何だよ、喧嘩売ってンなら買うけどォ?!」
目があった。相変わらず何を考えているかわからない目だ。重たい瞼に隠されて、その感情を推し量ることはできない。
何とか自分を落ち着かせ、いつも通りの口調を保つ。
「……なにィ、お利口な名前クンは何でもお見通しだってェの?」
「バカ言え。俺たち、旧知の仲ってワケじゃないでしょ」
「答えになってねェよ」
知り合って数ヶ月。お互い、知り得る情報は少ない。はず。
スッと人差し指がこちらに向けられる。挑発的に首を傾げたまま、形のいい唇が鮮明に音を発した。
「フラれた理由、当てたげよっか」
「はァ?」
「荒北さ、カノジョのこと――」
――抱き潰しちゃったでしょ。
囁くように発せられたその言葉に、思わず固まる。言い返そうと反射的に開いた口は、何も言えないままだ。
理由は彼の言う通り、まさしく図星だった。
出会ったきっかけはもう忘れてしまったが、最近付き合った彼女から別れを告げられた理由ははっきり覚えている。
……底なしの行為に嫌気がさした、そんな人とは思わなかった、もう付き合えない、やらせてくれれば誰でもよかったんでしょ、サイテーなクソ野郎……別れを切り出された夜に浴びせられた言葉たちが過って、気分がさらに悪くなった。
誰とも似ていない顔で、名字は笑っている。
「俺ね、分かっちゃったんだよ。ねぇ、荒北」
それはそれはもうマヌケ面で、彼の答えを待つ。
本当は聞く必要なんてないはずなのに。向けられた視線がぶつかる。
「お前はお前のトモダチと俺が似てるって言ったけど……違うよ。俺とお前が似てるんだ」
理性をチリリと焦がすような挑発的な笑み。感情が剥き出しの、苛立ちと歓喜が混ざった顔。
名字名前は、いったい誰に似ているのか。それとも似ていないのか。
目の前にいる男が揺らいで見える。
ナァ、オレ。こいつは今、誰に見えている?
2016/08/26 8/31加筆
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