ぼくのかみさま
※山神が山神なパロディ
※微グロ描写あり
――あの子は忌子。不義の子よ。
僕は物心ついた頃から、大きな屋敷の離れで生活をしていた。ここから出るなと念を押され、一日のほとんどを小さな部屋で過ごす。
小さい頃は世話の為に老婆がいたが、気付けばいなくなっていた。今は、一日三食余り物で構成された食事を運んでくる見習いの女達としか顔を合わせることがない。
そのうちの一人はたまにおやつをくれる。彼女は悲しそうに微笑んで、頭を撫でる。子供が好きな、根の優しい女性なのだな、と知識の乏しい頭で思った。
ここにほとんど人は来ないが、あいにく逃げようとは考えない。何故なら、ここから出たことがないからだ。外の世界は知らない。
僕が知っているのは、僕が名家の一人息子が不倫に走った末に生まれ落ちた存在であること。それから、僕はその名家の謎の矜持によって飼われていること。それだけだ。
僕は老婆に言葉と文字と計算を習った。本から得られた確証の無い知識は増えても、それ以外には何も知らない。そんな僕が飛び出したところで何も出来ないことくらいは容易に想像がつく。
外に出るのは離れの近くなら許されるのだろうが、滅多に出ない。水浴びか、せいぜい縁側で光を浴びるくらいだろうか。
いつまでこうして養ってくれるのだろう。漠然とした不安を抱えて、日々無気力に生きている。
いや果たして本当に生きているのかさえ、わからない。生きながら朽ちていくような感覚。
そして、漠然とした不安はその日現実となる。
父――とはいっても、年に一度も合わないので顔だけでは判断できない――が自分を屋敷に呼んだ。女中らしき人に体を徹底的に清められ、綺麗な服を着させられる。全てが白で構成されていることに、この時は全く疑問を抱かなかった。
数年ぶりに会った父の顔は厳しかった。
「……大きくなったな」
「はい、今年で十二になります」
「そうか」
眉間の皺をさらに深くさせて、彼は言った。
「もう隠し通せる歳でもないな。名前、ついておいで」
「……はい」
名前を呼ばれたことに驚く。
もう忘れたと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。それもそうか。彼にとって僕は彼の罪の証なのだから。
彼が立ち上がったのに続いて、屋敷を歩いた。突き刺さる視線が、なんだか怖くて彼の着物の裾を見て歩く。
やがて、外に出た。離れとは別の方向、敷地の隅には小さな祠と井戸がある。そこで彼は歩みを止めた。
「……ここ、は」
「山の上に山神さまを祀った神社がある。それの分身みたいなものだ」
「では、井戸は」
「この井戸は神の世界に繋がっていると言い伝えられている」
「井戸がですか」
「あくまでうちの文献にあった通りならな」
彼は自分が受け答えがしっかりできることにはじめ驚いていたようだった。親子の実感もないまま、二人は話を続けた。
「うちの家はな、かなり苦しいのだ。母上の助言で始めた事業の雲行きが怪しく、あと何年持つかも分からん」
「それは存じませんでした」
「お前は離れの住まいだろう。届くまい。そこで、だ」
「はい……つまりは、僕を山神さまへの捧げものに、ということでしょうか」
僕は顔を上げて彼を見た。不義の子とはいえ、血の繋がった息子を存在するかも分からぬ神に差し出そうとする男の顔がどんなものか、見たかったのだ。
「お前は聡いのだな。俺の息子とはまるで違う」
先程の静かな面持ちからは一変、欲で歪んだ顔が見えた。
僕もあなたの息子ではないのですか。ことばを飲んで、拳を握る。
「……おれは惨めな暮らしなど耐えられぬ。神でも仏でも妖怪でも悪魔でもなんでもいい! カネだ! カネさえあれば!!」
肩を掴まれ、そのまま井戸の縁に押し付けられた。
荒い息が顔にかかって不愉快だ。血走った目が虚ろに自分を映している。否、僕の奥に透けたあるかも分からぬ金を見ているのだろう。
「神よ! 神よどうか!!」
視界が暗転、背中に激痛が走る。
あばらが薄い皮膚を突き破って酷く痛む。全体的に血で濡れ、口からはだらしなくよだれと血が混じったのが垂れている。しかし、口を閉じる気力もない。腰から下と、それから指先までの意識もない。
朧げな視界は、井戸の底までわずかに届く日の光を捉えるのがやっとだ。
謝罪の一言でもあれば許せたのかも知れない。彼への恨みがふいとよぎる。
ああ、僕はこんな理由で死んでゆくのか。
生きてるのか死んでるかのか分からないような生活を送っていたつもりだったが、死というものは想像よりもはるかに冷たくて怖い。
「――やあ、少年」
だれ。あなたはだれ。
ぼくはしんでしまったの。それとも。
「ああ、スマンスマン。これでいいだろうか、目を開けてご覧」
「……っ、あ……?」
呼びかける声に応じて目を開けると、黒髪の美形な青年に抱えられていた。深い青の瞳と目が合う。
直前までの記憶と繋がらず目を白黒させていると、青年の華美な着物が自分の血で汚れていることに気付いた。
「ひっ、お着物に僕の血が……! 申し訳ありません! おろしてください!」
「構わん。少年よ、いきなりだが名前を聞かせてはくれんかね」
「は、はい。名前と申します」
「そうか、いい名前だな」
名を訪ねる声が真剣そうだったから、とりあえず着物のことは気にしないことにした。そしてよく周りを見れば、ここは井戸でない。なにせ明るすぎるし、広すぎる。
燦々と降り注ぐ太陽、輝く緑、川のせせらぎ、奥には小さいながらも豪華な日本家屋が見える。
「ここは一体どこですか。あなたは……」
青年はその整った顔で楽しそうに笑った。
「おれは……そうだな、名前の知識に合わせるならば山神という。ここはおれの領域さ」
▽▲▽
説明を求めるより早く、僕は着替えを要求された。
血で汚れてはいるが、僕の体から傷は全て消えている。どこかの一室で体を拭いてもらっているが、申し訳なさでいっぱいだ。自分でやると申し出たが、ゆるりと笑って却下されてしまった。
相手は山神さまだ。確かめる術はないけれど、僕の体を治したのだ。神であることは間違いない。
なぜか今は僕に着せる着物の色で悩んでいる。美形が悩んでいるだけでこんなにも絵になるのだと思うと恐ろしい。
「うむ、名前には何色が似合うだろうか。実に悩ましい!」
「……あの、希望を言ったらお怒りになりますか」
「気にせずに言ってくれ。畏る必要もない」
悩んでいた顔は、また笑顔になった。
「青――深い青を。あの、失礼ながら、山神さまの瞳がとても素敵だったので」
「っ、……そうか! そうか! それではこれにしよう」
山神さまが更に笑顔を溢れさせたから、それが眩しくて少し笑った。
山ほどある着物のなかから青の着物を選び、手慣れた手つきで着物を着せてくれる。
汚れた服はいつの間にか消えていたうえ、山神さまの汚れた着物はいつの間にか元どおりになっていた。神の所業か。
部屋を移動した。誰も、あるいは何もいないのに山神さまに対応してするすると襖が開いていく。
案内されたのは池が見える部屋だった。
「……さて、名前。きみはどこまで知っているのかね」
「あの井戸に山神さまへ捧げものをすることで願いが叶うと伺っております」
「ワッハッハ! それはとんだ間違いだな」
「違うのですか」
「ああ、まったく違う。まあ、そう解釈されてもおかしくはないのだろうが」
事実は以下のとおりだ。
あの井戸は、神の世界とこの世界の橋渡しだ。僕の家以外にもいくつかあるそうだ。
そして、井戸を通ったものは、山神さまによって『選ばれる』。
気に入られたものだけが、山神さまへの捧げものとみなされる。捧げものとして受け取られると、それに見合った対価――願いを聞き届けるなどをして貰える。
ただし、捧げものはそれを願う本人のものでなくてはならない。手放すものが大事なものほど、返ってくるものは大きくなる。
僕は首をかしげた。
「……子供は、親のものになるのでしょうか」
「場合によるな。大切に育てられていたのなら、親のものでもあるという扱いになるだろう」
「じゃあ、僕はまるきり駄目ですね」
「名前が父の願いを切に望めば、叶えることができるかもしれん」
「いえ、結構です」
どうもこうもない。僕は首を横に振って否定した。
僕は、あの人にとっては息子ですらなかったのだ。彼、ましてや家のことなんて、どうしろというのだ。
「捧げられた人は、どうなるのでしょう。死ぬのですか」
「とりあえずここにいる間は体を治すな。願いが叶ったら、記憶を消してから輪廻の輪に戻している」
「そうですか」
なるほど。つくづく神は優しいようだ。
「僕がこうしてお相手して貰っているということは、選んでいただけたということでしょうか」
「その通りだ。名前、なにか願いはあるかね」
「……ねがい、ですか」
「きみの願いしか聞けんぞ。どんな望みだろうと、この山神に任せておけ。急かす気はないから、よく考えてくれ」
願いが叶ったら、また人として生まれ変わる。記憶は無くなるとはいえ、それは僕にとっては拷問のように感じられた。ならば、願うことはただひとつ。
「僕、山神さまといたいです」
「……いま、何と」
綺麗な瞳が見開かれる。神様でも動揺するのだな、とぼんやり思った。
「山神さまと、ご一緒したいです。無理のない程度で構いません。僕は、これ以上輪廻を巡りたくないんです。僕は、このままの僕でいたい」
駄目だと言われるだろうか。しばらくして、手を取られた。そこに唇が落とされる。
「ワッハッハ! なんと面白い! いいだろう。その願い、叶えようではないか」
山神さまは今まででいちばんの笑顔で、僕を受け入れてくれた。
2017/01/15
軽率に山神パロ。続けたい(あくまで願望)
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