砕けた星を抱いて眠る



※洋南な時間軸





春が来た、と言うのは嘘だったか。

荒々しく吹き付ける風が安いアパートの窓ガラスを揺らす。
名前はバイト代から必死に捻出した、貧乏下宿生にとってはなかなか高級な座椅子に体を預け、うつらうつらと夢と現実の境目を漂っていた。眠りに落ちて仕舞えばいいものの、外がうるさいせいか一向に眠れそうにない。
いや、眠れない理由は他にもあるのだが。
今日は荒北の誕生日の前日だ。彼は今部活の飲み会で散々飲まされていることだろう。
――彼は一体全体どうしてか、泥酔すると必ずと言っていいほど名前の部屋にやってくるのだ。
かなり前後不覚であっても、何故か名前の部屋まで辿り着く。
そもそも、荒北の部屋は名前のアパートとは方向がまるで違う。確かに飲み屋街からは名前の部屋の方が近いが、家主が必ずいるとも限らない部屋に毎回のように訪れるとなっては、どうしたものかと困惑してしまう。
このことが判明して以来、名前は極力荒北が飲みに行く日は家にいることにしてしていた。
理由は単に名前が荒北を慮っているからに過ぎない。自分でも都合のいいやつとしての役目を果たし過ぎていると思う。それでもやめることができないのは――いや、考えたくない。止めよう。

ガンガンと安いアパートの錆びた階段を登る音が響く。きっと彼だろう。
名前は覚醒しきらない頭で立ち上がり、傍らに置いてあったペットボトルを掴んだ。
そのままふらふらと玄関へ向かう。

「名前〜!」

扉を開けると、頭が悪そうと言ってしまえば身もふたもない声がする。普段の口調は遥か彼方へ、ねえ君何歳?と問いかけたくなるような気の抜けた喋り。
かなり酔っているであろうその姿に思わず笑ってしまう。

「ナニ、名前ちゃん機嫌イイねェ」
「……くっさ、来ないで」

伸ばされた腕をすり抜けて、代わりにペットボトルを差し出す。
普段はベプシにご執心な彼も、この時ばかりは水を有り難がるのだ。
彼をぼんやり見つめていると、スウェットのポケットから軽快な音楽が鳴りだした。予め設定しておいた、日付が変わったことを知らせるためのアラームだ。

「荒北ぁ」
「ナァニ?」
「……おめでとう、だね」

彼の細い目が見開かれて、ペットボトルの水を嚥下するために上下していた喉が動きを止めた。

「なんかくれんのォ?」
「ないよ。いつもあげてるじゃん、俺」
「ア? 確かにそうかもしんねェな」

投げかけた冗談は、思いもよらず酔っ払いに受け止められてしまった。

「でも今日だけは見逃して」

そう言って寄りかかってくる荒北を当然支えられるはずもなく、日付変更して少しも経たないうちに二人してフローリングとお友達になる羽目になった。
お隣さんの迷惑を考えず二人してケラケラと笑い出す。
この酔っ払いはこんな下らない話をどこまで覚えていてくれるのだろうか。そんなことなもはや気にしない。
俺が唯一絶対の証人で、男に二言はないということさえわかってくれればそれでいいのだ。



2017/04/09
荒北サァンの誕生日には間に合わなかったです
←:back:→
≫top
ALICE+