肆
なんやかんやで周りの人に助けられつつ、何とか地獄を巡りながら生活をしていた。地獄たらい回し馬車馬ツアー(仮)の終焉はいつになるのやら。
しかし、それは唐突に訪れた。
ある日私の職場(一時的なものではあるが)にやってきた鬼灯様から一枚の紙を渡されたのだ。相変わらず達筆過ぎる。現代人ゆえ読むのが遅いのだが、なんとかして文字を目で追う。また移動か、と呑気に考えていた私の目に飛び込んでくる『閻魔殿』の文字。
「は?…閻魔殿?」
「はい。閻魔殿ですよ」
「…本気ですか?」
もっとぞんざいに扱われると思っていたのだから拍子抜けしてしまう。閻魔殿勤務? ……もしかして:強制労働? 社畜ライフ始まる感じなの?? お断りしたいんですがそれは…。
「なまえさん、私だって不本意なんですよ」
「でしょうね。顔見れば分かります」
「しかし慢性的に人出不足なのも事実。加えて貴女なら一人で複数人の労働力を提供できる」
「……そうですね」
よく見たら目の下のクマが凄まじいことになっていた。鬼灯様ってやっぱり苦労してるんだよなぁ、と同情しつつ頷く。原因は閻魔様か。
鬼を使役すれば、当然疲労も伴う。常に労力を当てにするのは如何なものかと思うが、どうにもならない状況ではこの上ない能力だろう。あまり細かい仕事には向いていなさそうだが、単純作業ならうってつけだ。
「お疲れ様です。取り立てて頂いた御恩もありますし、出来る限り努力しますよ」
「それはいい心掛けですね」
「でも、ボロ雑巾にはしないでくださいね」
「ええ、勿論そんなことしませんよ」
私の胡散臭い台詞は見事にスルーされてしまった。寂しい。
私の利用価値は、今現在どのくらいなのか。とりあえずあの鬼畜補佐官殿が手加減して下さるくらいにはあると自惚れていいものなのか。
難しく考えるのは嫌いだ。やめよう。
「とりあえず今までの分のお給料は勝手に作った口座に振り込んでおきましたので」
「……えっ、あれタダ働きだと思ってました」
「心外ですねぇ。労働分の給料くらい払いますよ。昨日決めたんですけど」
「うわ最低」
「何か仰いました?」
「いえ、なにも」
すごい殺気の籠った目で睨まれる。びくびくしながら渡された通帳と印鑑を受け取った。けっこう入っていて驚く。
勤務は明後日からなので、明日は地獄に来て初めてのお休みだ。とても嬉しい。何を買おうか。
「鬼灯様」
「何です?」
「ブーツに鉄板を仕込みたいんですけど、そんな希望を叶えてくれる素敵なお店知りません?」
□■□
そんな店、あった。流石地獄と言うべきか。
教えてもらった通りに道を行けば、裏路地の片隅にこぢんまりと構えている店がある。なんでもしてくれるらしい。
求めているのは大正ハイカラ的な編み上げブーツ。そして底に鉄板仕込み。せっかく着物社会なのだからそういう格好をしようと思う。
大学の卒業式は袴を着ようと思っていた私だったが、それはもう叶わなくなってしまった。その代わり、明日から毎日袴スタイルだ。
前までは色気のない適当な着物(貰い物)だったが、お金が入ってきたのだし自分の欲求を満たすために使ってしまおう。これでも私はれっきとした女の子なのだ。
予備を含めて着物類を何着か購入する。鬼灯様がお金払う気になってくれて本当によかった。今までは必要経費しかくれなかった。毎日閻魔殿に向かって呪った甲斐があったものだ。
鮮やかな袴と、鉄板仕込みの編み上げブーツ。伸びていた髪はバッサリ顎下で切りそろえて貰った。自分の顔の良し悪しはさて置き、見てくれだけは立派なハイカラ少女の完成だ。
ああ、満足。
「……やる気出てきたかも」
もし、私のやる気を刺激するためにこのタイミングでお金を渡したのだとしたら。鬼灯様は人の扱いが上手い。でなければ補佐官なんて務まらないか。トップに立つのではなく、裏から全てを操っている…。そう考えると恐ろしい人に見つかってしまったのだと自覚した。
いや。それはそれで、喜ばしいことだ。
/20141211
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