壱
ぐらぐら。ばらばら。
世界が跡形もなく崩れてゆく。立っているのがやっとだった。
「……分かって頂けましたか?」
「形式的には」
「なら結構」
目の前でぱらぱら書類を捲りながら私に話しかける鬼灯さんの顔をぼんやりと見つめた。
話によれば、私は現世にはいられない存在になってしまったらしい。
ことの発端は私が幼い頃何気なく拾ってしまったあのお面だ。その膨大な力を恐れて長らく封印されていたらしい。封印が緩んだことにより脱走を試みたが途中で力尽き、幼い私はそれを拾ってしまった。彼(?)は私のことを大層気に入り、最後の力を振り絞って私を鬼の面の所有者にしたのだという。
ざっくり言えば、私は厄介な鬼の面に魅入られてしまったのだ。しかし今更それをどうこう出来る訳でもない。
どんな力を以ってしても、この歪な契りがとけることはない。かの鬼の面が私に飽きるまで、私は異形であり不老であり不死である。何気無く拾い上げたその瞬間。あの時から私は少しずつ人から遠ざかって、今日完全に人でなくなった。
随分ぶっ飛んだ話だったが、となりで一言も発することなく私に寄り添うお面の彼こそ紛れもない事実である。
あの世で生きて行こうにも私は本来存在しないモノだ。――だから、彼は私に言うのだ。身分を保障する代わりに地獄で働かないか、と。
その後ろに括弧でこき使ってぼろ雑巾みたいに捨ててやるみたいな台詞が見え隠れしている。恐ろしい提案である。
それでも。死ぬまで自由のないまま拘束され続けるなんて真っ平御免だ。ならば私のするべき事などただひとつ。
頭を下げて、乞うのだ。
「鬼灯さん、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
□■□
わかったこと。
あの世には本当に様々な地獄があること。ほとんど全部一通り働かされるんだって、笑えないね。
空想上の動物が沢山いること。金魚草が怖いけれど、水遣り当番が仕事に含まれていた。
閻魔様より鬼灯さんの方が偉い(実質)こと。さん付けで呼ぶのはやめた方がいいかも知れない。闇討ちされる。
それから、それから。
次から次へとちっぽけな脳味噌に押し込まれる情報を呑み込みながら、少しだけ期待している自分がいる。
割り当てられた寮の部屋に座りながら考える。これでよかったのか。少なくとも、生き地獄からは脱した。その先は本物の地獄だったけれど。
とりあえず休みは当分、即ち全ての部署を一通り回るまで一切問答無用で無いらしいので寝るのが先決だろう。
/20140710
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