弐
「……なん、で」
目覚ましの音がなるきっちり五分前に起き上がる。ある意味特技だ。いつ使うかはこの際置いておいて、朝から苛つかなくて済むので個人的に助かっている。
そんなことはさておき。私の今の状況である。
昨日この世とあの世の境目で幽体離脱してしまうという事案が発生したが、さらに事態が悪化している。
現在私の部屋には、もうひとつ身体がある。私はそれに触れられる。その身体は、呼吸をしていなければ脈もない。一切の拍動を刻まぬまま、血の気のない生白い相貌で、ベッドに横たわっていた。
「そんな、嘘でしょ……」
私は遂に死んでしまったのか。私の体にも、その他部屋にある物にも触れられる。けれど、どうにも出来ない。人工呼吸? 心臓マッサージ? 教科書の知識を記憶の奥底から引っ張りつつ、私の体にもう一度触れた。
そのとき、誰かにとんとんと肩を叩かれた。驚きと恐怖で素っ頓狂な声をあげながら振り返れば、あの夢に出てきたものと同じお面を被った和服姿の青年が背後に立っていた。
表情は全く見えないけれど、なんだか悲しそうだなぁと思った。
「……っ!」
彼はゆっくり首を横に振って、私の手を握った。暖かくて、優しくて、泣きそうになる。
嗚呼。私はやはり死んだのだ。
その事実を認識したとたん涙が溢れた。長い間泣いたことがなかったからか、泣くのも下手くそだ。くずくず鼻をすすっているとぼやけた視界がいきなり変わる。なんと、お面の青年に抱き上げられていた。
は? なんで? 呆けているうちに彼は歩き出した。しかも、変哲もない壁に向かってだ。ぎょっとする私を余所に、するりとそれをすり抜けて、音もなく外の地面に着地した。
全くついていけない。何の念能力?えっ? とりあえず、確実に人でないことだけは分かったけれども。
私は拐われているのだろうか。どうでもいい。どうせ私は死んでいる。
なんとか自分を落ち着かせ、彼を見た。改めて見ると中々禍々しいデザインである。鬼のお面なのだから当然とはいえ、夜中に出くわしたら恐ろしくて仕方がないだろう。
知りたいことはいろいろあるが、彼は何処かに向かっているようなので黙っておく。暫くすると彼は飛び回っていた速度を緩めて、森に着地した。
「ここ、何処かで……」
変な回廊で目を覚ました時にここで、私は――。門もある。きっと、あのときの場所だ。つまり此処は。
「あの、世」
お面の彼はこくりと頷く。手を引かれて門まで導かれた。足は淀みなく次々と一歩を踏み出す。未練なんてない。
軋みながら門が開いた。男が立っている。私を助けてくれた、ひどく目付きの悪い地獄のお偉いさんだ。
「……また会いましたね、鬼灯さん」
「ええ」
彼の口から、ひとつ舌打ちが聞こえた。
/20140613
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