ふしあわせの沈殿



※部室に火をつける話
※仁王の喋りが偽物くさい









信じられなかった。自分の目に映る何もかもが。
無敗と信じて疑わなかった幸村部長が負けたことも。この夏の大会が準優勝という結果で終わってしまったことも。すべてが名前にとっては受け入れ難かった。
喉がからからに乾いていて、指先はほんの少しも動かすことができない。その場に縫い止められ、立ち尽くすことしかできない無力さを恨んだ。
中学生活最後の戦いに敗れた先輩たちは、いろいろな想いを呑み込んでおれたちに託して去っていってしまう。そんな彼らにおれは何ができるのだろう。
おれの中で一つのある考えが頭をよぎった。普段のおれなら決して思いつかないようなことだ。夏の暑さと、あの王子様の眩しさに眼が眩んで、おれはその考えをそのまま行動に移した。

――それは、とてもよく燃えた。

その日は部活自体はなかったが、委員会の水やり当番の日だった。いつもより早く家を出て、部室に火をつけた。歴史と思い出の詰まった部室には、燃えては困るものも沢山あるのは頭の隅ではわかっていたけれど、燃やしたい気持ちの方が勝った。
だっておかしいのだ。準優勝なんておかしい。一文字余分にも程がある。そんなのいらない。それがこれからずっと視界に入るなんて、考えただけで発狂しそうだ。少なくとも、おれは耐えられない。
粋がって最近煙草を吸い出した兄貴のライターをくすねた。この時ばかりは疎ましい兄貴に感謝した。
モノを燃やした経験なんてなかったから不安だったが、案外早く火の手が回った。そして煙に気付いた他の部活連中と一緒に火を消して、ボロボロの消炭になった賞状やらトロフィーやら盾やらに涙を流すフリをしておいた。ほんとうは嬉しくて嬉しくて仕方なかったけれど、今だけは我慢するしかない。
でも正直なところ、別におれが犯人だと疑われたっていいし、最悪気付かれたっていい。あの忌々しいモノを燃やすという、一番大きな目標を達成した時点でおれの勝ちだ。


▲▽


「なあ、おまえさんじゃろ」

おれがやりたいことを成し遂げてから一週間ほど経った頃、仁王先輩に呼び出しを受けた。あの人に呼ばれるなんて今の今までなかったし、思い当たる理由がひとつしかないのだが、単刀直入すぎて面食らってしまった。
こういう時、どんな顔したらいいんだっけ。
軽蔑されたっていいし、脅されたって構わないし、糾弾されたっていいし、殴られたっていいし、何されたって困ることなんてない。
嘘くさい弁明したところでこうして呼び出されてる時点で無駄だし、赦しを乞いたい訳でもないし。
何も言わず微動だにしないおれに、仁王先輩は珍しく苛立った様子で距離を詰めてきた。

「せめて何か言いんしゃい」
「先輩はおれに何て言って欲しいんですか」
「は?」
「……おれはアレを燃やせたら何でもよかったんです」
「そこまで思い詰めるほどイヤになったんか」

おれと会話するたび、先輩の表情がどんどん曇っていく。未知のモノに触れてしまったと言わんばかりの顔だ。

「嫌になって燃やしたのは事実ですけど。でも今は、歴史をまっさらにして、また一から無敗の記録を作っていきたいなって思います」

それ以上質問が飛んでくることはなかった。長い沈黙ののちに、先輩は溜息をひとつ吐いておれの頭を撫でてきた。

「……仁王、先輩?」

先輩は無言のままだ。頭を撫でる手つきは優しい。先輩の意図がまったく分からなくて、困ってしまう。

「ここは怒るところじゃないんですか」
「オレはそんなことしないぜよ」

先輩の手が頭から目元に移動した。優しい指が涙を拭うように目の下を撫でる。
――そういえば、おれ、ずっと泣けないままでいる。
そのことに気付いた途端、じわじわと熱いものがこみ上げてきた。

「名前、おまんを泣かしにきたんじゃ」

今日からオレも共犯じゃき、と不敵に仁王先輩は笑った。


2020/01/27

3rdテニミュ全立通ってたら立海勝つ回なんでないんだろう…って謎の虚無感に襲われたのでムシャクシャして部室燃やしました


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