ドラマティック・ドラマティカ



※勢いだけの893北さんパロ



これが物語の台本であるとするならば、なんて滑稽な三文芝居だろうか。
――素性の知れないいかにもカタギではない男を大雨の日に拾う。どうしても捨て置けず家に連れ帰って面倒を見ているうちに、段々と情が湧いて行き…といった感じだろうか。あまりにも使い古されすぎていて、微塵も興味が湧かない、ありきたりなシナリオ。
しかし、真実は小説よりなんとやら。
まさに自分がそんな風に拾われるなんて思ってもみなかった。荒北はその筋の人間だ。この世界に踏み入れたその時からロクでもない死に方しかできないものだと思っていたし、今回ばかりはもう助からないのではと思いながら暗い路地裏に倒れ込んだ。やられたらやり返しての繰り返し。振り上げた拳はいつか自分に返ってくる。それがたまたま今日だったというだけだ。
刹那的に生きてきた。が、案外思い残すことは多い。ひょっとしてあの人を困らせてしまうだろうか。
未練は数あれど指一本動かす力が残っていない。このまま無様に朽ち果てるのをただひたすら無力に待っていたが、思いもよらぬ展開が訪れた。
意外にも、襲いかかってきた相手が案外深追いしなかった。そしてたいへん物好きな男に介抱されたのである。
路地裏に倒れるいかにも怪しい全身ずぶ濡れの荒北を拾った男は、どこにでもいそうな平凡な大学生に見えた。この印象は後で激しく撤回する羽目になるのだが、ぼやけて定まらぬ視界にはそう映って見えたのだから仕方あるまい。
ただでさえ怪しい男を雨の中わざわざ自宅のアパートまで連れ帰って介抱するいう滅茶苦茶な決断力と行動力があるその男は、その見た目に反してたいそう変わった男だった。
意識がはっきりとしてきて会話可能だと分かったとたんに、荒北の素性には一切触れずただ名前だけを聞いてきたのだ。職業も倒れていた理由も帰る場所も聞かずに。それ以外は求めてすらいないと言わんばかりに。

「教えてください、なまえ。上でも下でも、偽名でもいいから」
「…ハァ?」
「だって、あなたとか他人行儀に呼ぶのは寂しいでしょ?」

そう言って小首を傾げて笑う男は、ね? と同意を求めてくる。訳が分からない。もっと他に聞くべきことが――いや、聞かれたとしてもまったく答えられないのが現実なのだが。この男は、無邪気さを装っていったいどこまで弁えているのだろうか。

「……荒北」

なんだかおかしくなってきて正直に名乗ってしまった。頭では適当な名前を名乗ろうと思っていたのに。どうしてかは分からない。
素直に名乗ったことに男は目を丸くしたのち、それはそれは楽しそうに目を細めた。


▼△


目を開けると、そこにはもう見慣れた天井がある。荒北を拾った物好きな男の部屋の天井だ。
視界はぼやけない。熱もすっかり下がったし、倦怠感も目眩も頭痛もない。想像以上に回復が早かった。ひとえにこの男のお陰だ。
市販薬の解熱剤、ビタミン剤、漢方――ありとあらゆる薬剤をわざわざパッケージを見せて解説までしてから飲ませてきた。いったい何への配慮だなんて聞くまでもない。カタギには見えない自分への、彼なりの配慮なのだろう。だから大人しく半分以上も理解できない解説を聞いて、それに従った。
オマケに飯も旨い。沢山の傷を負っては非合法に治してきたが、これほど順調に回復したことがあっただろうか。驚嘆である。

「で、何者なワケェ?」
「ただの大学生ですけど」
「無理があんだろそれは」
「そんなこと言われても…」

困ったように笑う彼は、人の良さそうな好青年と評価するのが妥当か。中身はカッ飛んだなかなかにヤバいやつだが。
名字名前、一人暮らしの大学生。出身地や家族構成、通っている大学の専攻――ありとあらゆる彼にまつわる情報は、もう知っている。期待に反して、何も出てこなかったのだが。
防水と頑丈さが売りのスマートフォンは荒北と同じく無事だったため、部下に連絡し無事を伝えた。しばらくは戻らないし探す真似はするな、とも。勿論、彼について調べさせるのも忘れずに。
隠れた裏稼業やら幼少期のトラウマなどを期待していたのだが、すくすくと健全に裕福な家庭で育ったようだ。彼の実家は医者の家系であり、兄弟たちは皆医者になっていた。末子である名前だけが、自由を許されて違う道を志している。
恵まれた両親、恵まれた環境。兄弟に倣っておりこうに、なに不自由ない穏やかな人生を送ればいい。誰もそう思うだろう。しかし、彼はそれを望まない。
本当に変わった男だ。見ず知らずの、名前しか知らない男の面倒を見ることを楽しんでさえいる。己の成果に目を細めてはにかむ様は、ある意味恐怖を感じさせる。王道エリートからこんなイカれた男が産まれるなんて、まったく面白くて仕方がない。
背中の彫物についても「綺麗ですね」の一言で済ませるし、果てには「真珠とか入ってないんですか?」などと不躾な質問さえしてくる。一般人とは掛け離れた度胸だと思うが、声をかけてからしか触れてこないし、口調は軽いが敬語を崩したことはない。お喋り好きだがきちんと機嫌を察知して口を噤む。
恐れ知らずなようでいて、きちんと線引きを知っている。そんな彼と共に生活するのは心地よかった。欲しいと思ったし、どこまで求めたことに応えてくれるのかを確かめたかった。

「名前チャンさあ」

いつからかそう呼ぶようになった。特に言及されなかったので、一度呼びはじめてからずっとそのままだ。
荒北の声色が変わったのを察して名前は黙って背筋を伸ばし、荒北の言葉の続きを真摯に待つ。良くできた子供だ。子供と呼ぶには知識をつけすぎた感は否めないが。

「オレと一緒に戻って、って言ったらどうするゥ?」

折れた肋骨が完全に治りつつあった。ここでの生活も終わりが近づいているが、簡単に終わらせる気は更々ない。素直に頷かなければ、色々な手立てで責め立てるのみ。
彼の驚いた顔をはじめて見た気がした。
震える瞳と視線があった。揺れている。否、己が揺さぶっている。落ちてこいと、最後の一線を超えろと。声には出さないが、視線で十分伝わっているだろう。
あ、とかう、とか単語にならない声を漏らしてから、名前は真剣な顔で頷いた。

「あの…ひとつだけお願いがあるんですが、許してくれますか」
「ン、なぁに?」

荒北はいま最高に気分が良かった。大抵のことなら許してやろうと、続きを促す。いったい何を望むというのか。

「荒北さんの背中、好きに触らせて欲しいです」

ああ、やはりこの男は変わっている。出逢ってから一番の真剣な顔で、望むことがそれとは。まったく予想を尽く覆す男だ。思わず笑みが溢れた。
もっと自惚れたらいい。かつての荒北を知るものが今の荒北を見たら卒倒してしまうだろう。そういうレベルの変化があった。それほどまでに入れあげていて、その自覚もしっかりとあった。
まだ幼さの抜け切らない顔に手を伸ばす。

「やっぱ好きだわ、名前チャン」


2020/07/30

勢いだけの似非893パロ。この後闇医者ルート入ります(続けば) 年下攻め背中フェチくん…


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