三ツ谷くんはとくべつ
三ツ谷くんは特別――らしい。
放課後、友達たちは三ツ谷くんという人物についてあれこれと盛り上がってる。不良なのに女子には優しいとか。親代わりに妹ふたりを立派に育ててるとか。うんぬんかんぬん。なんとかかんとか。
は? なんだそれ。他人の家族構成とかどーでもいいし。てか接点ないし。
「ちょっと! なまえ、聞いてる?!」
「んぇ……きいてる、よ」
会話をしっかりばっちり聞き流してたら、いつの間にかウトウトしてきた。友達は怒ってたけど、だってどーでもいいんだもん。
学年がひとつ上がったら、そんな三ツ谷くんと同じクラスになった。だからといって特になにもない。顔と名前がなんとなく一致して、必要とあれば必要なだけ会話をする、ただのクラスメイト。友達は死ぬほど羨ましがってたし、三ツ谷くん目当てに昼休みによく遊びに来てくれる。わたしが出向く手間が省けてラッキーなので、それを指摘したりなんて野暮なことはしない。
三ツ谷くんは時々顔に傷をつくってくる。なんとかっていう暴走族みたいなグループに入ってるらしい。雑に言ってしまえば、不良。
でもみんなは三ツ谷くんとは普通に接してる。三ツ谷くんの仲間の声がガサガサしてる人にはちょっと冷たいのに。それってただの差別じゃん、とは口が裂けても言えない。みんなに否定されると面倒くさいから。
でも、三ツ谷くんは特別なんだって。みんなはそう言ってるから、きっとそうなんだろう。
◇
夏休みなので髪の毛を染めた、夏休みなので。夏休み最高。何をしても自由なのだ、たぶん。
中学最後の夏なので、思い切って青くした。推してるアイドルのメンバーカラーだ。念願のコンサートのチケットが当たったから、勢いだけで染めた。……ウソ。ちょっと日和ったから落ち着いたネイビーみたいな色にした。すぐに色落ちしちゃうんだろうな、もったいない。ずっとこのままでいいのに、どうして抜けちゃうんだろう。もしくは地毛が青くなれば幸せなのになぁ。
「あ、」
こんなところでばったり会うなんて思わなかった。同じクラスの三ツ谷くん。ちなみに会話したことは……あるとは思うけど内容までは覚えてない。このコンビニは学区からちょっと離れてるから、誰にも会わないだろうと油断していた。
三ツ谷くんは真夏には暑そうなトップク、だったかな? よくわかんないけど真っ黒で金で刺繍をされた服を着ていた。暑そうっていうか絶対暑いだろうな。夏素材とかなさそうだし。メッシュバージョンとかがあったらあったで面白いけど。
予想外のクラスメイトとの遭遇になんて声かけようか迷って、いっそのこと無視するってのもアリかと思い始めた。気付かなきゃ他人と同じ。目があった気がするけどただの気のせい。そうだ、そうしよう。さっさとお会計しちゃおう。そう決めてレジの方に行こうとした。
「名字」
名前を呼ばれて、反射的に振り返った。名前を呼ばれてるのに無視する度胸はない。
振り返ったときにふわりと広がったわたしの髪。青ってやっぱりかわいいな。染めてよかった。いやちがう、そうじゃなくて、わたしの髪にニュッと手が伸びてきた。
え、なにごと? 理解が追いつかなくて、途中で動きが止まる。
「染めたんだ、可愛い」
「……三ツ谷くん?」
そう言って青く染めたばかりのわたしの毛先に触れた。指先でくるりと弄ばれて、まじまじと見つめられる。あ、笑った。
「似合ってる」
「え、ぁ……ありがと、う?」
三ツ谷くんは特別。その言葉が頭をよぎる。みんなが口を揃えて言っていた。はじめ聞いた時はなんてアホらしいと思ってたけど。
なるほど確かに、三ツ谷くんはとくべつかもしれない。
他人に不意打ちみたいな感じで髪の毛を触られたのに、何故かイヤな感じはしない。これがイケメン無罪というやつか、とひとり納得する。
「こんなところで会うなんて珍しいな」
「えっと、ともだちと遊ぶ約束してて。それまでの時間潰し」
会話を放棄しようとしたのに、にこやかに世間話をはじめられてしまった。えっ? わたしの意思は? イケメンは無罪だからね、仕方ないね。
「そっか、コンビニなら涼しくて倒れる心配もねェしな」
たまたま会ったクラスメイトに対して、熱中症の心配なんてするか普通? とは思ったが、こんどは素直にありがとうと言っておく。さっきは疑問形で返してしまったので。
イケメンとのコミュニケーションは難しい。全然噛み合ってないと思うんだけど、終始笑顔だから触れないでおこうと思う。触らぬイケメンに祟りなし。今日の三ツ谷くんとか特にそう。
じゃあまた、と言って三ツ谷くんは出て行った。しばらくしてバイクの排気音が聞こえる。
そういえばバイクに乗ってるんだった。今まで見てきたのは学校では慕われている手芸部の部長だけど、今日会ったのは不良としての三ツ谷くんだ。ある意味はじめましてだけど、三ツ谷くんは優しい三ツ谷くんのままだった。
だから三ツ谷くんはとくべつ、なんだと思う。たぶん。
◇
また三ツ谷くんに会った。こんどは別のコンビニで。
コンビニ大好きかよと突っ込みたくなったけど、わたしにもブッ刺さる特大ブーメランだった。うん、コンビニ大好き。コンビニ最高。新商品は気になるしいろいろ置いてるしなにより涼しいし。都会のオアシスみたいな。
前会った時は染めたてだった青い髪も、どんどん色褪せていって今やギリギリ青だと言い張れるくらいの色になってしまった。新学期始まったら元に戻すつもりだからこのまま放置する予定だ。
正直知り合いに会うとは思ってなかったし、なんなら会いたくなかった。なぜなら現在深夜0時。いい子はオネンネしているべき時間である。わたしはいい子ではないので無問題だ。
また他人のフリするのも失礼な気がするのでとりあえず挨拶する。夜なのでこんばんはでいいか。
「三ツ谷くん、こんばんは」
「また会ったな」
深夜には眩しすぎる笑顔に戸惑っていたら、持っていた買い物カゴを自然すぎる動作で奪われてしまった。すごい! 取られた瞬間ぜんぜん気付かなかった! って、そうじゃなくて!
視線で返してくれと訴えるが笑顔で無視されてしまう。そんな重いもの入ってるわけでもないのに。
「名字はなんでこんな時間にいるんだ? 危ないだろ」
「三ツ谷くんだって出歩いてるじゃん」
「オレはいいんだよ」
「なにそれ、ズルい」
買い物カゴの中身はわたしが三ツ谷くんの謎理論にウケている間に支払いを済まされていた。もしかしてわたしのこと、気を逸らせばなんでもできるアホだと思ってる? ……うーん、否定しきれないのがつらい。
ガラガラなコンビニの駐車場の輪止めに腰掛けて、ふたりで夜食を食べた。まさに罪の味。真夜中のカロリーからは罪悪感と幸福感が同時に押し寄せる。これだからやめられない。
溶け切る前にアイスの袋を開けた。
「お家、抜けてきていいの?」
「今日は珍しく母さんいるから。ひとりになりたくて」
「わたしも。あ、でもわたしと会ったからひとりじゃなくなっちゃったか」
残念だったね、と言うと三ツ谷くんの顔がちょっとだけ曇った。
アイスは残念ながらハズレだった。ゴミ箱に向かって投げる。ナイスコントロール。
「家帰るならついでに送ってく」
「わたしはまだいい。早く帰りなよ、お母さん心配してる」
「こんな時間にひとりで放っておけねぇだろ」
「わたしはいいんだって。誰にも怒られない」
家には誰もいない。心配してくれる人もいない。からっぽな家に長くいると気が狂いそうで、時々こうやって夜中にフラフラ歩いてる。褒められるようなことじゃないのは分かってるけど、そう簡単にはやめられない。
親は仕事で忙しくて、仕事が大好きで、仕事が何よりも大切。わたしのことを見向きもしない。そもそもなんで子供作ろうと思ったのかも謎。夫婦としての義務感から? わたしの髪を見ても「新学期までには戻しなさい」と言ってきただけ。本気でどうでもいいんだろうな。だからわたしも親なんてどうでもいい。どうでもいいんだ。
……そういえば、わたしの髪を褒めてくれたの、三ツ谷くんだけかも。ちなみに友達には不評だった。わたしにはそんな派手な色似合わないって、散々に言われた。わたしは好きなのに。好きな色だったのに。だれもわたしを肯定してくれない。
思い出したらちょっと泣きそうになってきた。
「じゃ、オレとドライブでもする?」
三ツ谷くんはちょっと変わってると思う。わたしのことを褒めてくれるし、ほっとけばいいのにドライブに誘ってくれる。それがウソでもホントでも、うれしかった。
よくよく考えたら、いや考えなくても無免許なのでは? と思ったけど、でもそんなのどうでもよかった。三ツ谷くんのお誘いを断って、ここでサヨナラの方がイヤだったから。
「……うん、する」
顔は見れなかった。もし冗談だなんて言われたら泣き出してしまうだろうから。俯いたまま、三ツ谷くんの服の裾を握る。
三ツ谷くんはそんなマヌケなわたしのことを見て見ぬフリしてくれた。
◇
しかし、ドライブはすぐに始まらなかった。現在わたしたちはしょうもないことで揉めている。なぜならヘルメットがひとつしかないから。三ツ谷くんはわたしに被れといって聞かない。
「なんで、被らなくていいじゃん」
「ダメ」
「三ツ谷くんの分がない」
「オレはいいんだよ」
「またそれ?」
「何かあったら責任とれない」
「取らなくていい。なんなら先に遺書書く。紙ないからメールの下書きに保存するけど、有効だよね」
「なんでだよ?! ……わかった。責任取るから被ってくれ」
「……アレ? そういう話だった?」
「そうだって。ホラ、ちゃんと締めろよ」
アレ??? わたし、もしかしなくても騙されてない?!?! と思ったが時すでに遅し。
三ツ谷くんは手早くわたしにヘルメットを被せてベルトを締めた。ちょっと苦しいけど、緩めようと手を伸ばした瞬間に視線で牽制されるのでしかたなくあきらめる。
「しっかり捕まっとけよ」
「うん!」
わたしを乗せた三ツ谷くんのバイクは滑らかに走り出す。車はまばらだったから、ぐんぐん加速していく。
三ツ谷くんはコールがうまい、らしい。お仲間からのお墨付きとのことだ。
聞き慣れないわたしには上手い下手はよくわからない。普段聞いたらうるさいとしか思わないだろうその音は、バイクの後ろに乗って風を切り裂きながら聞いていると案外心地よかった。
目的地は教えてくれなかった。もしかしたらないのかもしれない。どこでもよかった。連れ出してくれるならどこだっていい。三ツ谷くんのハンドルにすべてを委ねて、流れていく景色を眺める。
会話はなかった。無言のドライブ。どのくらい時間がたったのかわからない。さすがにまだ朝は来ないだろう。
バイクがまた一段と加速した。ああ、今がいいな。三ツ谷くんの腰に回した手を少しずつ緩めていく。どうか気付きませんようにと祈りながら、そっと指を解こうとした。――このまま落ちたら、きっと幸せになれる。なにも根拠はないけど、確信した。
勢いよく手を掴まれた。残念、三ツ谷くんにはお見通しみたいだ。バイクがたちまち減速していく。あーあ、なんで気付いちゃうのかな。単純にわたしが下手なだけか。
「眠くなってきた?」
「うん……そう、かも」
見え透いたウソをついた。ほんとうはちっとも眠くないけど、どうかそういうことにしてほしい。
「この辺でやめとくか」
「もうちょっとだけ。お願い」
「そっか。手、離すなよ」
「うん」
その声は優しいけど、ちょっとだけ怖い。怒らせてしまっただろうか。
わたしが手を握り直すのを確認して、再びバイクは走り出した。
◇
あのあともう一走りして、途中で一回休憩を挟んでからわたしの家まで送ってもらった。
休憩のときにはお互いの家の話なんかもして、なんやかんやで丸め込まれて連絡先を交換した。アドレス帳のま行に『三ツ谷くん』が追加された。友達が知ったらめちゃくちゃ問い詰められて締め上げてきそうだな。隠さないと。怖い怖い。
律儀にマンションのうちのドアの前まで送ってくれた三ツ谷くんにお礼を言う。
「楽しかった。ありがと」
「あんま遅くにフラフラ出歩くなよ」
「……考えとく」
「実質イイエじゃねぇか」
デコピンが炸裂した。突然の痛みに声が出ない。涙目で睨むけど、わたし如きではなんの効果もなさそうだった。
「オレを呼べよ。付き合うから」
「いいよ別に。妹さんいるでしょ」
「ダメ」
「あっ! 別に三ツ谷くんじゃなくても……お友達紹介してもらうとか」
「それはもっとダメ」
「えー、名案だと思ったんだけどなぁ」
またデコピンの構えをされたのでおでこを押さえながら一歩下がる。
ちょっと怖い顔で見つめてくる三ツ谷くん。怖い顔ってレアだよなぁ、とまじまじと見つめてしまう。
「な、なんだよ」
「ありがと。また三ツ谷くんとドライブできるなら、すごくうれしい。わたしが予定合わせるから、空いてる日教えてよ」
「……オウ」
三ツ谷くんはニッと笑ってわたしの頭を撫でた。あの時みたいに毛先を掬われる。退色してしまった髪の毛を見つめられるのはなんだかちょっと恥ずかしい。三ツ谷くんみたいに手入れが行き届いてないので。
「そういえば、次は何色にすんの?」
「戻すよ。黒染めはよくないらしいから一番暗いブラウンで染めるつもり」
「勿体ない。似合ってたのに」
「へへ……そう言ってくれるの、三ツ谷くんだけだよ」
「そうか?」
「うん。三ツ谷くんは、とくべつだね」
三ツ谷くんはやっぱりとくべつだった。友達が言ってたことはウソじゃなかった。みんなにとっても、わたしにとっても。三ツ谷くんはとくべつ。
流石にそろそろお開きにしないとまずいだろう。わたしは玄関の鍵をあけた。一歩中に進んで、三ツ谷くんの方に振り返る。
「じゃあ、おやすみ。また遊んでね」
三ツ谷くんの優しそうに細められてた瞳にギラリとなにかが灯った気がした。あ、なんかやばいかもと思ったときにはもう遅い。
ちゅ、と可愛らしい音がした。おでこに温かいなにかが触れて、すぐ離れる。デコピンのときとは別の熱が集まっていくのがわかった。
「なん、……んぇ?」
「オレも特別だよ。おやすみ、なまえ」
バタンと扉が閉まった。三ツ谷くんが走って遠ざかる音がする。
理解が追いつかなくて玄関に立ち尽くすわたし。え、いまのなに、なに?! なんで?!! ていうかドサクサに紛れて下の名前で呼びませんでしたか?! イケメンはやることが違う! テクニカル・ノックアウトじゃん?!!
眠気はぜんぶ吹き飛んだ。あれもこれもぜんぶ三ツ谷くんのせい。絶対三ツ谷くんのせい。ていうかわたしにも反撃させろ!
次会ったら倍返しにしてやる。なんなら利子も勝手につけちゃう。不良債権抱えさせてやる。永遠に返せないくらいの、ヤバいやつ。
でもやっぱり三ツ谷くんはとくべつだから、そう思うのも仕方ない、よね?
2021/09/26
???「どうやって死にてぇ?」
わたし「三ツ谷くんのインパルスのケツから落ちて死にてぇな〜!!!!!」
という経緯で生まれたのを加筆しました
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