汝悪食を愛せよ
※方言はノリとフィーリング
※ゆるふわ謎時空、たぶん大学生
※語尾の☆ってどういう基準でついてんの? 頼む誰か教えてくれ
※主×曲かつ主←種
※私の性癖にしか配慮できていません
※ちょっといかがわしい(あくまで雰囲気)
種ヶ島修二がふと視線を感じてスマートフォンから顔を上げると、ひとりの男が此方を見ていた。気のせいかと思いぱちぱちと瞬きをしてみても、真っ直ぐ向けられた視線が逸されることはない。
かちりとまるで歯車が噛み合ったかのように視線が合う。知らない男だった。
種ヶ島をじっと見つめたまま綻んだように笑う表情にはっとして、半ば無意識に逸らしかけていた視線を戻してしまう。あとから思えばこの時点で種ヶ島の負けだった。何の勝負なのかはさておき、このまま気付かぬふりをして視線を逸らしてしまい、ふらりと雑踏の中に消えてしまえば良かったのだ。種ヶ島が視線を戻してしまったが故に勝敗は決してしまった。
視線は絡み合ったままに男は器用に雑踏をすり抜け、迷いなく種ヶ島の方へと向かってきた。真新しそうな白いスニーカーが種ヶ島の前でぴたりと止まる。
「種ヶ島修二クン、で合ってる?」
その言葉は疑問系の体を成してはいたが、明らかな確信を持ってこちらへ投げかけられていた。今更ここで偽ったところで何になると思い、小さく頷いて肯定する。
間近になった男の顔を改めてじっくりと見るも、全く見覚えがない。背は種ヶ島よりはるかに低い。筋肉の薄いすらりとした体躯。同い年くらいだろうか。やや色白の整った顔立ち。毛先までしっかりと手入れされているであろう艶やかな黒髪。柔らかそうに細められた薄い色の虹彩。特徴は数多あるが、あれこれと思考を巡らせても膨大な記憶の中引っかかるものは見つけられなかった。
たしかに種ヶ島は待ち合わせのためにこの駅にいる。しかし相手はこの男ではなく、かつてU-17日本代表としてダブルスを組んでいた男だ。大曲竜次、種ヶ島は彼に会うため電車を乗り継ぎはるばる京都から関東までやってきたのだった。
「……すまん、知り合いやっけ?」
「うん、バリ初対面」
「初対面なんかい」
満面の笑みで間髪入れず吐き出された初対面という嘘に、思わず吹き出してしまった。種ヶ島の様子に男の口角が吊り上がる。
嘘をつくのに寸分の迷いがない。きっと脳内に幾つものパターンがあって、オートマティックに最適な嘘を吐く。何の罪悪の意識もなく、呼吸をするのと同等に。こういう人間は碌でもないと相場が決まっているのだ。――勿論、己も含めて。
男は改めて種ヶ島の全身をその視界に収め、まじまじと呟いた。目尻に熱を浮かべたまま、恍惚と息を吐き出す。
「やっぱりホンモノの方が格好いいね」
「なんや、口説いとるん?」
「まあね」
言葉を続けようとした瞬間、種ヶ島の手の中に収まっていたスマートフォンが何度か振動した。画面を開くと、待ち合わせ相手である大曲竜次からのメッセージだった。どうやら次のシフトの面子が来ないため、種ヶ島との待ち合わせには間に合いそうにないらしい。
アルバイトにそこまでの責任はないと突っぱねたっていいだろうに。相変わらず律儀な男だと苦笑してしまう。
「あらら〜」
「竜次の奴、やっぱり上がれなかったか」
「知り合いなん?」
「まあね。幼馴染…的な」
「ほんならキミが噂の竜次の幼馴染クン、ってワケやな。会えて嬉しいわあ☆」
種ヶ島の言葉に一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに元通りの笑顔に戻った。こんな言葉ひとつで化けの皮を剥がせるとは思っていない。
「おれもずっと会ってみたいと思ってた。両思いじゃん」
「おおきに☆」
種ヶ島が飛ばしたウインクはあっさりと無視されてしまった。半歩、距離が縮められる。下からワントーン低い声で囁かれた。
「竜次のこと誘ったんだけどさあ、先約があるって断られちゃって。じゃあおれと三人で遊ぼうって言ったら、アイツそれでも駄目って。……ね? 余計に気になるじゃん」
「やから来たん? 大胆やな☆」
「そ、偶然装って混ぜてもらおっかなって。でも本人が遅刻ってウケるよな」
だからさ、と彼は続けた。真っ白なスニーカーの爪先が駅とは逆方向へと向く。指先が伸びてきて、種ヶ島の上着の袖を掴んだ。ゆるい力で腕を引かれる。
「竜次が来るまで、おれと暇つぶししない?」
「……ええよ」
ばちりと視線がぶつかり火花が散る。
彼は種ヶ島を知りたがっていて、種ヶ島は彼を知りたくなった。目的は完全に一致している。断る理由などない。
種ヶ島はゆっくり頷いて、雑踏へと一歩を踏み出した。
▽
大曲の幼馴染は、大曲の彼女を『味見』するのが大層お好きらしい。
世間一般では浮気だの寝取りだの糾弾されそうな行為だが、そもそもの前提が違う。大曲は複数人との交際を肯定し、相手にもそれを許容している。そういう思考の持ち主だ。
しかしこの男は違う。大曲の考えを肯定するふりをして、大曲の事をさらに知りたいがために大曲の彼女を口説き、ときには体の関係を持つ。そこに愛も恋もなければ、悪意もない。あるのはただ純粋な興味だけ。
そのあとその女が鞍替えしようとしたところで、彼は冷たく言い放つのだ。「竜次の彼女じゃなくなったオマエに価値があるの?」と。
彼にとって恋愛ごっこはただの手段なのだ。大曲への理解を深めるためだけに大曲の彼女を使っているだけ。愛しい本命は大曲ただひとりであり、ほかの人間は有象無象に過ぎない。
そして極め付けに、彼の行為を大曲は否定も肯定もしない。隠す気がないのか大曲が気付くようなところで堂々と行われており、完全なる黙認だ。
大曲に新しい彼女が出来るたび、彼によって『味見』される。たちまち蜘蛛の巣のように複雑に張り巡らされた男女関係の出来上がりだ。
何も知らない人間は彼がそんな惨状のど真ん中にいるとは到底思わないだろう。側から見れば爽やかそうな好青年のように映る。余程猫を被るのが上手いのだろうか。
「ここの結構好きなんだよね」
彼は種ヶ島の視線に応えて、はにかみながらアイスコーヒーの入ったプラスチックカップを揺らした。ガラガラと氷が派手に音を立てる。
種ヶ島の手にも同じものがある。これは駅前にあるテイクアウト専門店のコーヒーショップで彼が奢ってくれたものだ。確かに美味い。
はたして好きというのは誰が主語なのか。種ヶ島はストローで中身を吸い上げながら目線だけで疑問を投げかけた。
「うーん、どっちも? 強いて言うならおれかな」
「ほぉん」
それから彼は種ヶ島をいろいろなところへと案内してくれた。ここはよく大曲とご飯を食べに行くだとか、ここの坦々麺が絶品だとか、この店では酔っぱらいを大曲と二人がかりで仲裁しただとか、何かしらの大曲にまつわる情報を添えて。彼の情報を掴めないまま時間は過ぎてゆく。情報戦は種ヶ島がこの辺りの土地勘が全くないアウェイということも相まって、完敗だった。
露骨といってしまえばそれまで。けれどこの男の口から語られる大曲の情報は、確かに種ヶ島の興味を引いた。
目の前の男の情報は一向に増えない。知っているのは、男が大曲のことを大層好いているということと、あの店のコーヒーを好いているという事だけ。その事実に心の奥が騒めく。
駅に行くのに近道なんだよ、でも夜は通らないほうがいいかもね。まあ俺とかは使っちゃうんだけどさ――そう言われた道を彼の後ろについて歩いていく。
「なあ」
「ん?」
「自分、男でもヤれるん?」
種ヶ島の明け透けな質問に彼は足を止めた。ゆっくり振り返り、想定内と言わんばかりに目を眇める。愚問だねぇと喉の奥で笑われた。
自分が如何に馬鹿なことを言っているのかなんて、はじめから分かっている。それでもなお、種ヶ島は駆け引きを続けることを選んだ。
「竜次かそれ以外かってことでしょ? 男女で差はないと思ってるよ」
「竜次以外の扱いが雑ぅ〜!」
「あはは…なんなら、試してみる?」
伸ばされた指先がゆるりと種ヶ島の指を絡め取った。大曲がバイトから解放されるまでにまだ時間の猶予があり、ふたりはそういう建物のあるエリアにいる。だから種ヶ島はこのタイミングで切り出したし、向こうもこうなると読んでいてこの道を選んだのだろう。
柔和に細められた瞳の奥で、己を喰らおうと欲して喉を鳴らす獣が潜んでいた。
上等だと思った。上唇をぺろりと舐め、種ヶ島は握られた手を握り返して応える。
「お手柔らかに頼むわ☆」
「うん、優しくする」
繋がれたままの指先に優しく口付けて、男はいっとう美しく微笑んだ。
▽
言葉通り彼は優しかった。優しく丁寧に、頭のてっぺんから爪先まで、余すところなく、一枚一枚剥がすように種ヶ島を暴いていった。
事が終わって、差し出されたペットボトルを受け取る。キャップは既に緩められていた。女子ならともかく種ヶ島は一戦交えた程度でへばるほど柔ではないが、気遣いは有り難く受け止めておくことにする。
隣に彼が腰掛けたぶん、ベッドが軋んで深く沈んだ。嘲るように歪められた口許と、愛おしそうに細められた目許のギャップにどきりとする。
「ガシマちゃんって、めちゃくちゃチャレンジャーだよね」
「せやろか?」
「おれのこと知りたいからって体張るの、正直どうかと思う」
「散々食い散らかしといて今更すぎるやろ」
「食べてもいいって言われたら食べるでしょ」
「せやなぁ」
『ガシマちゃん』というのは、周囲の人間に変わった渾名を付けると有名な種ヶ島のエピソードを聞いた彼が命名してくれた、種ヶ島の渾名である。
ちなみに種ヶ島は心の中でこっそり彼のことを『正妻くん』と呼んでいる。美人系とは言えどう見ても男だし、バリタチだけど。やってる事がまさしく夫の浮気に寛容なふりをする正妻ぶっていたから、それがなんだか面白くて。許せる余裕なんて少しもない癖に。
あやすような優しい手つきで種子島の白く抜けた軋む髪を撫でてくる。その心地よさに目を細めた。
「なあ、また遊んでくれへん?」
優しかった指の動きがぴたりと止まる。種ヶ島を見つめる彼の表情が、途端に冷ややかなものとなった。体感温度がグッと下がるのを感じる。
今日種ヶ島と偶然を装って出会ってからこうして過ごしているのも、全ては彼の好奇心を満たすため。はじめから二度目など想定されていない。
「竜次からおれのこと聞いたんじゃなかったの」
「聞いたけど、しゃーないやん。気になって仕方あらへんのやから」
こういう展開は初めてではないのだろう。彼は小さくため息をついた。
しかし種ヶ島とてなんの打算もなく切り出してなどいない。この数時間で掴んだ、彼のいちばん柔らかくて触れて欲しくないところを容赦なく抉りにいく。
どこか心が痛むような、むしろ愉悦を感じるような、不思議な気分だ。彼のことになるとどうにも制御が効かなくなる。こんなにも自分が情熱的になれるなんて知らなかった。
「あっそ。でもおれはもう会う理由がない」
「ホンマに?」
「……そりゃ、そうでしょ」
返ってくる声に先程までの余裕は無くなっていた。散々種ヶ島を弄んでいた、その立場が揺らいでいるのが分からないほど馬鹿な男ではないはずだ。
「そこら辺の女と一緒にしてもらっちゃ困るわ。俺が何年竜次とテニスしとったと思ってんねん、一回抱いたくらいで全部が分かるわけないやろ」
「ッ、そんなの……!」
わざと煽るように言えば、彼がはじめて声を荒げた。しかしすぐに我に返ったのか気まずそうに視線を逸らし、弱々しく言葉を続けた。
「おれ、は」
「うん」
「わかってた……ー竜次がテニスをどれだけ好きか、一生掛かったっておれなんかに理解できるわけないって、わかってたよ」
努めて優しい声で続きを促す。溢れたのは、泣きそうな声だった。
少し考えれば分かることだ。歴代すべての彼女を『味見』してまで大曲のことを知りたがるような男が、テニスをしていない訳がない。
生まれながらの体質の問題なのか、怪我で引退を余儀なくされたのか、はたまた己の限界を感じたのか。どんな理由にせよ、テニスを続けられない、もしくは出来ない何かがあったのだろう。
おそらくその欠けた分を、どんな手を使ってでも埋めたかった。テニスが大曲にとってとても大きな存在だと分かっていながらも、それを深掘りすることができない自分を受け入れられなかった。
それを分かっていたから大曲は彼を黙認していたのだ。欠けた部分を埋めるために周りの女を全て食らい尽くそうとする男と、それを知った上で黙って許す男。全ての点と点がつながって、ようやく全容が見えてきた。みるみる視界が晴れていく気がした。
歪な愛だ。沢山の関係ない人間を巻き込んで、大曲に複雑に絡みつかせた彼なりの愛のかたち。しかし種ヶ島は、彼がより一層欲しくなった。その狂気的なまでの執着心の一欠片を自分にも向けて欲しいと思ったのだ。
「ええやん、俺とも付き合ったら」
「……は?」
「テニスも知れて、同時にふたりと付き合う体験も出来る。俺ってめちゃくちゃ優良物件やと思わへん?」
「ガシマちゃん、なに言ってんの」
ぐらぐらと視線が揺れている。少し前まではあんなに強気で種ヶ島のことを揺さぶってきた癖に、今は迷子の子供のように不安げに視線を彷徨わせている。
この部屋にはふたりしかいない。何処にも逃げ場はないし、誰も助けなんて来ないのに。哀れで間抜けで滑稽な、種ヶ島しか知らない顔だ。きっと大曲にだって見せたことがないはずだ。ちっぽけな優越感が鼓動を早める。
「その考えはなかった」
「まあ、こんなん言うの俺くらいやろうしなぁ」
彼がゆっくり俯いていた顔を上げていく。一体どんな顔を見せてくれるのだろう。
どうかこの手を取って、種ヶ島の提案に乗ってくれないだろうか。期待を込めて視線を送る。ついに薄く唇が開かれた。固唾を飲んで、彼の言葉を待つ。
「……いいよ、乗ってあげる」
次に此方にまっすぐ向けられた相貌は、煌々と燃えていた。煮えたぎるような執着心そのもののように熱い視線は、まだ種ヶ島を通して大曲を見ている。端からじりじり焦がされるような熱を感じて、思わず口角を釣り上げた。
今はそれでいい。だからこそ欲しいのだ。いつか必ずその胎から引き摺り出してみせる。
「負けへんで」
「あっそ、やってみれば」
何度も聞き慣れたフレーズともに噛み付くようなキスをされた。やっぱり幼馴染というのは伊達じゃないなと思い、種ヶ島は笑みを浮かべたままそれを受け入れた。
▽
名前を呼ばれてスマートフォンから顔を上げる。そこには種ヶ島の本来の待ち合わせ相手である大曲が立っていた。
ようやく延長された労働から解放されたようだ。やや疲れた顔をしているのは、肉体的というよりかは精神的な疲労が大きいのだろう。
種ヶ島は数分前に彼と別れて駅前に戻ってきていた。彼はしっかりと痕跡を残しつつも、一足先に雑踏に紛れて消えていった。大曲の気が引けるのならば手段は選ばないらしい。まったく罪な男である。
「悪ぃ、待たせたし」
「ええよ、おかげで楽しく時間潰せたわ☆」
「……お前まさか」
大曲の目が大きく見開かれる。肩を強く掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。ぎょっとした通行人たちが何人かこちらに視線を向けたが、睨み返してやればそそくさと立ち去っていく。
やや下から突き刺さる強い視線と、腹の底から出された低い声。唸るように種ヶ島を威圧しようとするが、その程度で怯むようなら初めから手を出していない。
「言っただろうが、アイツに関わるなって」
「さよか。けど、俺とも付き合ってくれるって言ってくれたんやで?」
「…………アー、そうかよ」
大曲はしばらく黙り込んで、ゆっくりと溜息を吐いた。ガリガリと後頭部を掻く。その顔には諦観と慈愛の入り混じった表情が浮かんでいた。
数年の付き合いだが、彼ほどではないにしても、大曲の良さを種ヶ島は理解しているつもりだ。元ダブルスパートナーの欲目を抜きにしてもいい男だと思う。
普通の人間なら、到底この状況を受け入れられないだろう。でもきっと、大曲は頷く。彼の悪食癖含めてまるごと愛せるほどに懐が深い男だ。もし拒絶されたとしても、それはそれで面白い。
ぱちぱちと瞬きをしながら続きを待った。
「アイツが納得したんなら、俺から言うことはねぇし」
「さっすが竜次、男前やん」
「茶化すな」
「ちゃい☆ ……いっ、たぁ」
がばりと肩を組めば、腹に鋭く肘での一撃がお見舞いされた。これが種ヶ島のしたことに対しての仕返しならば、随分とお優しいことだ。
思わず笑いが溢れる。
「なに笑ってるし」
「べつにぃ。せや竜次、なに食べたい? 俺が出すで☆」
「逆に不気味だし」
# 男主くん
特技は余裕ぶった正妻ムーブ(なお出来てない)(そしてタチ)。
昔は難病を患っており病弱だったが、今は元気に好きな男の彼女を全員食うという倫理観ゼロ行動に勤しんでいる。
2022/09/04
新ミュセカステで見事に沼ったのに沼りすぎてネタ思いついてから書き終わるのに半年以上掛かって自分でも引いています。全人類にセカステ見せたい
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