白き檻のなか
※赤い糸に縊ったけ→夏の終わりと風の行方→まさかの更に続き
※ゆるふわ大学生パロ
玄関でスニーカーの紐を結んでいると、背後からするりと腕が伸びてきた。佐伯ほどの優れた動体視力のない俺でもはっきりと分かる速さで、白い腕が首に絡みつく。
「名前」
やけに甘ったるい声が俺を呼んだ。湿った吐息がうなじをくすぐる。心なしかいつもより湿度が高い気がして、俺は溜息をついた。
「佐伯、あのさあ」
「んー?」
俺は一時中断していたスニーカーの紐を結び終えると、佐伯の手首を掴んだ。手首の腱をすりすり撫でてやる。一瞬だけ強張って力が弱まったのをいいことに、そのまま雑に引き剥がした。
「んー?じゃねえんだわ」
「ただの挨拶」
「んなワケあるかよ」
座ったまま振り返れば、いつもの無駄に爽やかな笑顔が返ってくる。
佐伯はこうして大学生になった今でも、無駄に男前な顔面を惜しげもなく振り撒いている。女子の視線を集めているのはいつだって佐伯で、俺は相変わらず女子たちから外面だけは良い佐伯の情報をタカられている。大学進学を機に人間関係が変わっても、結局同じことの繰り返しだ。
まあ、遠くから見たらイケメンだからなこいつ。彼女たちはこいつがめちゃくちゃに面倒くさい奴だって知らなくて、勝手に淡い幻想に浸っている。ムカついてきたので頬に指を突き刺したが、佐伯は笑顔のままだった。うーん、この。
そしてそんな佐伯は前々から伝えていたゼミの飲み会に出かけようとしている俺を、今日も相変わらずぐだぐだと引き止めてくる。どんなに無駄だと分かっていても、佐伯は毎回毎回必ずそうする。だから俺はちょっと早めに玄関に行って、佐伯に背を向けてゆっくりと靴紐を結び直してやるのだ。
佐伯はやっぱり最高に面倒くさい男だ。しかし、そんな男となんやかんやで長年ずっと一緒にいる俺も俺で大概なんだけど。
というか客観的に考えれば、嫉妬したりだとか他の人に靡いてしまわないだとかと怯えるのは俺の役割なのだろう。多分。
俺に大した取り柄はないし、冴えない男だという自覚はちゃんとある。なのに佐伯は俺が出かけるたびに律儀に周りを警戒して威嚇している。意味のない心配をするのはいつだって佐伯で、俺はそんな不安を抱えたことは一度もない。やっぱり何年経っても訳がわからない。
「そんなに信用ない?」
「違う。誰か名前の魅力に気付くかも知れないじゃん」
「マジでセンスないよそいつ」
「あるでしょ、世界一」
世界一センスない奴筆頭の佐伯がむすっとした顔をする。こうやって佐伯としょうもないやりとりを交わすのは嫌いじゃないが、そろそろ家を出ないと遅刻して俺の社会的信用が損なわれる。それはいただけない。
少し俯いた佐伯の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。俺たちの暗黙の終わりの合図だ。
「終わったらまっすぐ帰ってくるから」
「うん、わかった」
ようやく玄関から立ちあがろうとした瞬間、シュッと音がして首にひやりとした何かが吹き付けられた。
「ちょ……な、に」
「いってらっしゃい、名前」
ふわりと嗅ぎ慣れない香水の匂いがする。戸惑っているうちに満面の笑顔になった佐伯に背中を押されて、玄関から外に出された。扉ががちゃんと音を立てて閉まる。そのあとすぐに鍵がかかる音がした。
男物にしてはやや甘い匂い。同性の友人や先輩が付けてたら少し不思議に思うかもしれない。好みなんて人それぞれだから誰が何を付けていようが自由なのだが。
首にねっとりと纏わりつくような妙な存在感がある。え? もしかして佐伯の具現化? なんか怖くなってきたな……。
鍵はもちろん持ってるけれど、今更戻ってシャワー浴びて着替えてなんてしてたら確実に遅刻だ。なんてことしてくれたんだ佐伯の奴。ぜったい帰ったらしばくからな。
仕方なく早足で階段を降りてエントランスを抜ける。予約された店は駅近くなのでいつも通りの駅への道を迷いなく歩いていく。
俺もそうだが、佐伯もあまり香水をがっつり付けるタイプではない。お互い付き合いが長すぎて、今更別の香りを漂わせても困惑するだけだからだ。佐伯の趣味にしては変だ。いいや、佐伯のセンスは元から終わってるんだけども。
「……ふふ」
やっぱり佐伯って世界一趣味が悪くて面白い男だな、と思いながら笑いを堪える。長年一緒に居ても、飽きる気配が一向に来ないのは素晴らしいことだ。
俺ってやっぱり、世界一センスのない男に選ばれるだけのことはある。
飲み会を終えた俺は宣言通りにまっすぐ帰宅した。寄り道しないで帰りますって、小学生じゃあるまいに。真っ暗な廊下をずかずかと歩いて寝室へ向かう。
「さーえーきー」
ちなみに待ち合わせ場所に先に着いていた同級生は、俺が隣に来るなり顔を顰めやがった。悪かったな、趣味悪い匂いがして。
そいつは俺がめちゃくちゃメンヘラな束縛系彼女と付き合っているという壮大な勘違いをしていて、そして俺はその誤解を解く努力を怠っている。なので毎回こういう反応をされるのだが、もう慣れた。……別に大筋は合ってるから壮大でもないか。
いつも通りに「別れたくならないの?」って聞かれたから「ならないよ」って返したら、更に苦い顔をされた。おかげで俺はいつも変わった奴扱いだ。俺は至って普通だというのに。
元凶である佐伯は予想通り俺のベッドにいた。たまには気を衒って違うところにいて欲しいんだが、残念ながら俺の予想は外れたことがない。今日も布団にくるまりながら狸寝入りを決め込んでいる。
「ただいま」
「……おかえり」
すぐに偽りの眠りから醒めた意識清明な佐伯の頭を撫でる。刈り上げられた部分を入念に撫でてやるのがお気に入りだ。
「大好き、名前」
「うん、知ってるよ」
何年目になるんだっけ。もう何年目だっていいか。佐伯はずっと変わらないままだから。俺はそれを楽しいと思えるから。
暗い部屋の中、俺は佐伯の白い腕で布団の中へと引き摺り込まれた。明日は休みだし、まあいいかと思いながら、俺はそれを受け入れる。
ねえ、佐伯。俺もだよって返したら、お前はどうなっちゃうんだろうね?
# あとがき
またまた怪文書が出来上がってしまい……
ドリレェの浴衣、最高ー!と思いながら書きました
2024/06/09
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