:: 4:足元は底無し沼
織は不審死が相次いで起こった曰くつきの八王子ドローン工場の外にて荒い呼吸を落ち着かせることに専念していた。
荒い乾いた呼吸を繰り返し、目はどこか焦点が合っていない。いつにも増して青白い頬には大粒の汗が浮かんでいる。喉がひりついて痛かった。
深く呼吸をすれば、鼻を抜ける吐瀉物の酸い臭い。さらなる吐き気に噎せる。
隣には監視官である宜野座が立っており、心配そうに覗き込んできた。
「罪重、大丈夫か」
「……はっ、ぁ…そう、見える?」
「見えないな」
移動中データに目を通している段階から体調がおかしくなり、案内され内部に入ったとき一番のピークに達した。織の頭は悲鳴をあげていた。
今も尚それは続き、激しく意識を揺らす。
「罪重はどう感じる?」
「不快」
「そんなもの見れば分かる」
「……悪意と憎悪。断言する、事故じゃない。濁ってる、異常だ」
そうかと返して、宜野座はそれ以上追及しようとはしない。気遣われているのか。あの宜野座に。
ふと湧き上がるひとつの疑問を素直に口にする。
「ねえ、宜野座さん。ひとついいですか」
「何だ」
「刑事の勘は信用しないくせに、僕にどうしてそんな質問したの?」
「お前のは刑事の勘じゃないだろう」
「……まあ、そうだけど」
「それなりに罪重のことは評価しているつもりだ」
「それは、至極光栄」
宜野座の自分に対する評価が思いの外高くて驚く。これはご期待に添えるように頑張らなくてはならない。いや、期待を抜きにしても執行官の責務は全うしなくては。
しかし、工場の人間のサイコパスは思いの外安定しているのだ。必ず、何かがある。狂わせるような何かが。
思考せよ。見せかけの事象にとらわれることなく、本質を見抜かなければ。
「宜野座さん、もう大丈夫。戻ろう」
「ああ」
嫌悪感を振り払うかのように頭を振り、ぴんと背筋を伸ばす。それを見た宜野座は満足そうに頷いて、再び工場へと戻った。
▼
まだ顔色は優れない織と共に宜野座は皆と合流した。宜野座は作戦に参加せず、織は常守監視官のもと作戦を実行する運びとなった。
未だ青白い顔をした織を目敏く見つけた狡噛が咎めるように名前を呼ぶ。
「織」
「……なに」
「外れた方がいいんじゃないのか」
「いい、大丈夫。これだけキナ臭いのに引けない」
狡噛にもそっけなく返し、織は上着のファスナーを引き上げて口許を隠した。誤解のないよう断っておくが、これは借り物のレイドジャケットだ。付き添っていた宜野座が貸してくれた。汚い話だが、フード付きのコートは胃の中身をぶちまけて汚してしまったのだ。
すかさず縢が突っ込む。
「嫌悪まみれじゃねーか」
「うん、焼き払いたいくらい」
「どんなけ?! 織ちゃん恐っ!」
「な〜にぃ、八つ当たりの犠牲者にでもなってくれるの?」
「絶対イヤ」
縢とふざけ合うものの、少々いら立ちを隠せない織の頭に狡噛のファーつきのコートが被せられた。
「……ん?」
「頭、隠せるだろ」
「ああ、ありがとう。確かに視線は鬱陶しかったかな」
ばさりとサイズの合わないコートを纏う。もちろんフードを被るのも忘れない。ふわりとよく知った煙草の匂いがした。もう一人この匂いを纏う人を知っているけれど、もはや狡噛の一部となった匂いだ。
「……良いハンカチ」
「織」
「うそだってば」
冗談を言うだけの元気はある。そうでなくては困ってしまう。武器は己だ。
/20130127
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