:: 3:古への回帰
昔の文学では、日本一高い山には『月見草が良く似合ふ』のだそうだ。現在そんな文化や感性は残っているのか甚だ疑問ではあるのだが、何かには必ず似合うものがあるのだろうか。
織には、黒が良く似合う。
はじめのうちは施設からそのまま持ってきたのだろう全身真っ白な服を着ていた。輪郭がぼやけ、白い空間に融けてしまいそうなほど朧気に佇んでいた。目を離せばふいと消えてしまうのではという、莫迦げた錯覚を生むほどに。
佐々山が珍しく心配をしていた。返り血がとんでもないことになってしまうと。とんちんかんな心配ではあったが、あの佐々山を心配させるほどだった。
黒い服もといスーツを買い与えたところ、とてもよく似合った。後から初給与できっちり返されたが。コントラストが綺麗で、ほんのり赤みのある頬や唇が鮮やかだった。それはまるで人形めいた綺麗さ。人はその美しさを愛しまずにはいられない。
織の部屋はホロのない剥き出しの壁が白く、最低限置かれた家具がすべて黒いのでモノトーン調になっている。扉を除いた四方向の壁の一面は天井まで届きそうな巨大な本棚が視界の大半を占めているのは圧巻だ。
トレーニング器具まみれな部屋よりは生活感があるが、差異は僅かだ。
毎日洗うシーツは白で統一されており、織の髪が曖昧に散らばり、白銀に人工の光を照り返すのが綺麗だと思う。
「織」
「ん?」
黒い人口皮のソファには、テディベアが置かれている。この部屋には不釣り合いなアイテムだ。無理やり外へ連れ出したとき、織はこれをぼんやりと見つめていた。家族のことでも考えているのかと思い、狡噛は迷いなくそれを買い与えた。困惑しながら受け取った織だが、きちんと丁寧に保管されている。
「クマに思い出でもあったのか?」
「……昔のことは覚えてない。第一、狡噛さんが勝手に僕に買い与えただけでしょ?」
「お前が珍しく立ち止まったからな」
「それ、理由になると思う?」
テディベアの頭を撫でながら狡噛が問うても、本人は困ったように笑うだけだ。覚えてないのか、語るのを拒んでいるのか。
「じゃあ、今欲しいものあるか?」
「へ?」
「欲しいもの」
「強いて言えば紙の本が欲しい」
「へぇ。またか?」
「今の書籍は読んでると胸焼けするから。でも、昔の文学は好き。あと、紙の感触が好きなんだ」
「常守に頼んで外に買いに行くか」
「ほんとに? ありがとう」
嬉しそうに笑ってお礼を言う織の頭を狡噛の手がわしゃわしゃと乱した。
はじめて会ったころとは違い、かなり感情が豊かになったなぁと実感する。
そうだ。欲しがればいい。お前もひとりの人間なんだから。
/20130125
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