:: 5:化け物が壊せと言っている
最初は体調不良にかこつけて見学コースを予定していたのだが、宜野座に評価されて俄然やる気が出てきた。人間は現金な生き物だ。そういう性だと言い切ってもいい。
宜野座と揉めた時の常守の態度に少し興味をもったので、常守のバックアップという形で参加することにした。少しでも彼女を知れたらと思う。
まだ知らぬことの方が多い人だ。自分の飼い主のことは、知っておいて損はない。
「ケーブルは200メートル分か。エレベーターホールまで届かせるのが限度だな」
「つまり、そこまで金原を引っ張り出せるかだね」
「やるだけはやるから安心しろ」
「……は、話をするだけ、なんですよね?」
「らしいよ?」
絶対違うよなぁと思いつつ、不安げな常守にそう返すあたり織も大概なものだ。敢えて、いや態と彼女には言ってやらないのだ。
執行する、それだけを考えれば自然と思考はクリアになる。己を圧迫する嫌悪による痛みも消えよう。
消えてもらわなくては困る。悪と見なされたものごと、すべて消えてもらわなくては。
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一角に位置する男子トイレ。そこの一室から食器がかちゃかちゃと鳴る音が聞こえる。周りの目も憚らず、思い切り顔を顰めてしまう。
織からすれば『ベンジョメシ』なんてあり得ない。気持ち悪い。そんなことするくらいなら死んだほうがいい。
トイレは常に綺麗にすべきだが、決して食事場所ではないのだ。許せなかった。主に衛生的な意味で。
金原を確認した狡噛はトイレに入っていく。
常守と織は入り口付近にて大人しく待機。しばらくして、狡噛が金原を引きずりながら暴言を吐いて出てきた。
「こんな所にいたのか人殺し!」
常守は唖然としているが織は素面だ。することは読めていたらしい。表情に全く変化がない。
「俺達執行官は他の潜在犯をいたぶるのが大好きなんだ」
迫真の演技を通り越してうっすら本気に聞こえるあたり恐ろしい。狡噛の見た目だけで判断するなら、誰もがやりかねないと思ってしまうだろう。
まだまだ狡噛の挑発は続く。ぽんぽん飛び出す罵倒の言葉。常守の表情が歪む。
「っ!」
「だめだって」
「織くん、どうして止めるの?」
飛び出しかねない常守を織は微笑みながら宥めた。お願いだからこのままでいてほしい。不本意ながらも彼の言葉に常守は頷く。
ついに挑発は成功し、本性を剥き出しにした金原がドローンと共に襲いかかってきた。轟音と共に飛び散る火花が、ドローンの馬力を物語っている。
「常守さん、逃げて。早く!」
「えっ、あの、織くんは?!」
「僕のこと貧弱認定してるでしょ。大丈夫だから、走って!」
「っ、うわ!」
常守の背中を無理矢理押して、急いで狡噛の援護へ向かう。織は壁を蹴りつつ、金原の前をわざとらしく横切る。
狡噛の謎の演技を見習って、忘れずにちゃんと煽っておいた。まったく柄じゃあないけれど。
「執行官は沢山いるんだよ? 死ぬ直前までいたぶってあげるね」
「くそ! お前らさえいなけりゃ……僕は、綺麗にっなれるんだよぉっ!!」
「……へえ?」
速度をあげるドローンに、織は唇をつり上げて笑う。猟犬は、獲物を前にして歓喜した。
「やってみなよ。できるんならさ」
非常階段の扉を開けて、階段を駆け降りる。ドローンはこの扉を潜れない。床に穴を開けるか、無理やり突破してくるか。前者だろうと考えて、速度を上げるべくついには手摺を滑り降りはじめた。
背後から狡噛の声が飛んでくる。
「織っ、無茶するな!」
「してない!」
一番乗りでエレベーターホールへと辿り着いた。天井が切り取られてドローンが落ちてくる。予想通りだ。
ドミネーターを駆け付けた六合塚から受けとる。先程までガラクタだったドミネーターが、再び凶器へと変わる。その瞬間ぞくぞくとしたものが脊椎を駆け巡り、視界を彩った。
『ドミネーター起動 登録執行官 適正ユーザーです』
すぐさま標準を合わせる。金原に銃口を向け、織はシビュラの判定を待つ。今回はパラライザーだった。金原を気絶させてから、なお暴走を続けようとするドローンにも銃口を向けた。銃はデコンポーザーへと変形してゆく。何もかも破壊する、無慈悲な武器だ。
激しい音と共に機体が損傷によりバランスを失って崩れた。すかさず、縢がもう一体を仕留める。
一件落着。
「……相変わらず痺れるねぇ、ドミネーターの本気は」
縢の口笛。
たしかにでコンポーザーで打つのは腕に負荷が掛かる。痺れた手を閉じては開いてみる。確かに痺れるが、支障をきたすほどではない。
織の笑みが深くなり、また無表情に戻った。それは汚いものを見る目だった。
「汚いんだよ、お前」
機械油で濡れた床を、つま先が詰った。
/20130127
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