:: 8:贋作収集癖
幽霊アバター事件の最中、スプーキーブーギー主催のオフ会での一悶着から一夜明け、また新たな犠牲者を出してしまった。常守監視官の同級生だった。
なんとも言い難い現場の雰囲気。それぞれが自分なりの解析や調査を進めるなか、狡噛と過去ログを繰り返し見ていた織がぽつりと呟いた。
「ニセモノ」
「お前もそう思うか、織」
「えっ?」
常守は何故この段階でそこまで言えるのか疑問に思い、ふたりに訊ねてみた。
「どういうことです?」
「喋り方はほぼ同じ。誤差の範囲内だと思う。……でも言葉遣いが違う。最初は公安局、次は警察。数日で言い方が変わるとは考え難い」
「ああ、全く同意見だ」
「ええっ、あの」
「出来る限りの過去ログを洗ってみよう……やっぱりだ。これまでのスプーキーブーギーは"警察"という単語をほとんど使ったことがない」
「つまり、今朝の彼女は別人だったということ」
「まさかそんな……」
「あのさ、いま僕たちが追ってるのは他人のアバターを乗っ取って成りすます殺人犯なんだけど」
呆れたような織に、常守は恐怖を滲ませた瞳で見返した。
織はくすくす笑って手元のファイルを弄った。それから手元に置いてあるメモ帳に何か書き付けて、一枚引きちぎって折り畳みポケットに入れた。
譫言のように常守が尋ねる。
「織くんは犯人の事どう思う?」
「んー? そうだな、からっぽ。きっと中身がない」
「……からっぽ」
「だから上手く落とし込めるのかもね? あくまで憶測だから気にしないで。早く行こう」
彼女の腕を引いて扉まで導く。
社会から隔絶されてきたこの身では、慰めの言葉を何と言ったら良いのかよく分からないのだ。織は何も言わないことにして、くちびるを固く引き結んだ。
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犯人を追い詰めようとしていた時。ぐにゃりと歪む視界の中、誰かに見られている気がした。
きっと気のせいだろう。ホロが変に見えたに違いない。
けれど何故だろう。ひどく気分が悪い。おぞましいほどの強い視線がこちらに向けられているのは、正直恐怖だ。
「……だ、れ」
金縛りが解けたような開放感。
――僕を見ている。おまえは、僕に何を見る。やめろ。見ないで、暴かないで。
事件は狡噛のお陰で、捜査は順調に進めることが出来た。織も勿論、前線で働いた。狡噛たちが追い詰めた御堂を、宜野座の指示で他の執行官と一斉にドミネーターで殺した。血が掛かって服が汚れた。
いつものことだ。
たくさん気持ち悪い思いをした。
普段と何も変わらない。いつもの時間解決までの流れと殆ど変わらないのに。
それでも、心の奥底で思う。何かが変だと。
彼自身には何も感じなかった。誰かを演じることしかできない彼の性質をひどく嫌悪したものの、彼そのものは特に何もなかった。そこにいるだけだ。その辺の有象無象と何一つ変わらないとさえ思った。
しかし彼の後ろにいる誰かからの、あるはずのない視線を感じるのだ。誰か、自分の知らない誰かの。
織は全ての事象に過敏に反応し、理解しようと努め、最終的にはすべてを拒む。その感覚をシビュラに評価され、執行官として登用されたのだ。
が、今回はそう上手くは行かなかった。狡噛同様気付いたが、それ以上は分からなかった。からっぽな無個性は織に響かない。からっぽなことしか分からなかったのだ。
若くして執行官に選ばれた。自由を奪う監獄からも出られた。自分の状況、立場、全てを受け入れたつもりでいた。
それなのに。
どうしてこんなに悔しい思いをしているのだろう。
▼
自販機で紅茶を購入したものの、飲まずにぼんやりと座り込んでいた織は、となりに誰かが腰を下ろしたことで顔を上げた。常守だったため、軽く会釈する。
「織くん、ちょっといいかな」
「ん、どうしたの?」
「狡噛さんのこと、なんだけど……」
織の表情が固まる。続けて紡がれる常守の言葉は、さらに織の表情を険しくさせた。
嗚呼。過るのは、血色の記憶だ。
/20130209
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