:: 11:−273.15℃に沈む
織が目を覚ましたのは、包帯の海の中だった。医療用ドローンに包帯を外されている最中に目を覚ましたのだ。不思議な、しかし気分のいい錯覚だと思った。
外された包帯がドローンに回収され、なくなっていくのをぼんやり見ていた。肌に傷痕ひとつ残っていない。流石最先端の医療技術を活用しているだけはある。さらに視線をずらせば、黒いスーツ姿の狡噛が立っているのが見えた。
「あの、狡噛さん」
「……なんだ」
「最後の一人は、どうなりましたか」
「意識が戻って開口一番それか? お前が仕留めたよ。13人、間違いないか?」
「はい。ありがとうございます」
それだけで織は満足だった。あの時は必死でどうなったのか全く覚えていなかったため安堵する。大きく息を吐き、目を瞑る。
狡噛はその反応に軽く眉をひそめ、ベッドに歩み寄ってきた。
「ひとつ、いいか」
「なんでしょう」
「自分の命と執行、どちらが大切だ?」
「愚問ですね。僕なら後者だと分かって聞いてきているんでしょう?」
「ああ、だから俺は問う。何故だ?」
自力で起き上がろうとしたが力が上手く入らず、ぼすんとベットに沈んでしまう。狡噛に手助けをして貰い上体を起こし、ゆっくり視線を合わせた。瞬きののち口を開く。
「汚いものが許せない。それだけの理由しか述べることが出来ません」
「……は?」
「潔癖とでも言えばいいんですか? すべてが汚く見えて仕方がなかったんです。僕の場合、自分も世界もその対象に含まれる。それだけです」
織の言葉に狡噛が押し黙った。言うべき言葉を探しているようだ。異分子を排除しようとする本能が、人より強かった。認めたくないもの全てを、社会や自分さえも拒む。そして傷つけ、排除しようとする。
「過去になにかあったのか?」
「普通の家庭でしたよ。変わっていたのは色素がないくらいで」
「じゃあ!」
「小学校入学前の検診で弾かれました。突然でした。社会への拒絶反応、ですかね」
シビュラの運営下のもと、理想的だと言われる社会への拒絶反応。はじめは自分を疑った。
犯罪係数だけの上昇。色相はクリアカラーのまま。ちぐはぐな計測結果。次は天下のシビュラシステムを疑った。また犯罪係数が悪化した。けれど色相はそのままだった。保留にされていた強制施設への入所が決まった。
親はこれでも泣いて別れを惜しんでくれた。それ以来一度も会っていないが、こんな異端児を愛してくれていた。何度か手紙をくれた。返したことは、一度もない。なんと返せばよかったのか。それは今でもわからないままだ。
織にとってこれが『清らかな世界』全てで、それ以外は『汚い異世界』だった。そこから織は変わった。
「それからです。汚いものに耐えられなくなったのは」
「罪重にとっては社会も対象だった?」
「まぁ。でもその社会システムの末端として『悪』を刈ってるわけですが。矛盾してますけど」
「そうか。話してくれてありがとう」
「……まさか『理解した』とか言いませんよね」
「納得はした」
「しちゃいましたか」
「なんだ、その目は」
狡噛は嫌悪を露にする織を睨んだ。
正直、こういった類いのことは予想していなかった。けれど、狡噛は織を彼の言う『異端児』だとは思わなかったし、ただの潜在犯だとも思わなかった。むしろ弟のようにさえ思った。儚げで不安定そうな織を見守り、支えたいと思った。
「っ……いえ、何でも」
そっぽを向く織の手を握り狡噛は笑いかける。まるで子供をあやすように優しく握ってくる。織はぎょっとして狡噛の方を見た。けれど彼は優しく笑うだけ。
嫌悪感でどうにかなってしまうかと思ったが、包まれた手の温度は案外心地が良かった。そう思った自分に戸惑う。
振り解こうとすれば、離してくれるだろう。けれど、なぜ。織の頭はますます混乱した。
「大丈夫だ。俺らがついてる」
「なんですか、いきなり」
「俺はお前を拒絶したりしないと言いたいんだ」
「……っ」
「ほっとけないんだよ、お前。気にするな、俺が好きでお前に構うんだ」
「ほんと、変わってる……」
出来るだけ優しい言葉を紡ぐ。嘘はいけない。彼はこういった類の事にひどく敏感だ。
小さく織が笑った。呆れ半分だったかも知れない。この日、はじめて狡噛は織の笑顔を見た。
彼は相変わらず狩ることに拘り続けたが、少しずつ表情も柔らかくなり人間味を帯びていった。狡噛になつくその態度は、狡噛の執行官降格後も変わることはなかった。亡霊背負ってるみたいだよね、とからかい半分で大きな変化を認めてはいたが、それでも彼を一番に信頼していた。
彼の言葉を借りれば『基準は僕のなかにしかない』ということである。
/20130303
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