:: 12:舌の鞭
『はい、ご協力ありがとうございました』
織は桜霜学園の職員室にいた。黒いフードを目深に被った織をコミッサちゃんのホロが覆う。
二連続してこの学園の生徒がプラスティネーション加工された死体――『作品』として発見された。とある作家との類似性を見抜いたのは狡噛だ。その作家の娘がこの学園の生徒だったことをきっかけに捜査に乗り込んだ。
現在織は教師陣に聞き取りを行っている。生徒には刺激を与えないようにとホロが原則だが、教師にもそのままコミッサちゃんの姿で聞き取りを行う。奇異の目が鬱陶しいからだ。
機械音声のままお礼を述べ、職員室にいなかった数名の教師とすれ違った生徒に聞き込みをするべく立ち去った。今に至るまで有力な情報は得られていない。焦りが募る。
木目調の廊下を進む。ふと織は『図書室』の札がかかった部屋の前で立ち止まった。昔ながらの教育、教科書は紙だそうだ。ならば紙の本が詰まった図書室があってもおかしくはない。
織は立ち寄って、一応司書らしき女性に声をかける。今回も有力な情報は得られない。
『……それにしてもすごい本ですね』
「桜霜学園の売りですからね」
『本、好きなんです。ちょっと見てもいいですか?』
「どうぞ。刑事さんでも本、お好きなんですね」
『はい。ありがとうございます』
女性は柔らかく対応してくれた。断られるかと思ったが、警戒心はないらしい。織はぺこりとお辞儀をして本棚へと踏み込んだ。
「……はぁ」
女性のいるカウンターから見えない所まで歩き、コミッサちゃんのホロを解除する。鬱陶しげにフードを脱いだ。本を見るのには向かないと思ったのだ。
沢山の紙の本。文学や伝記、評論、図鑑まで教育に必要であろうあらゆる種類の本が収められていた。きょろきょろと本棚を眺め、そのうちの一冊を手に取ろうとしたその瞬間、白い手が織の手首を掴んだ。思いの外強い力で引き寄せられる。
「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」
「っ……?!」
以前書店でぶつかってしまった白い青年だ。何故ここにいるのだろう。いや、理由なんて決まっている。きっと、彼こそが『彼』なのだ。
「二度目ましてだけど、誰?」
「美術教師の柴田幸盛として働いている者だよ。槙島聖護と名乗った方が正しいけどね」
「……貴方が、マキシマ」
織は手首を掴まれた腕を強引に振り払った。その反動を利用して距離を取る。腰のホルスターからドミネーターを引き抜いて、彼に標準を合わせた。
織は本能的に感じとっていた。数多の事件の黒幕、佐々山が見つけ、狡噛が追いかけ続けていた『亡霊』。間違いない。
makishima、まきしま、マキシマ。槙島。
嗚呼。佐々山さんも狡噛さんも。ひとつも、これっぽっちも間違ってなんかなかった。彼らはちゃんと正しかった。
織の表情が少し明るくなる。
「何を喜んでいるんだい?」
「いえ、個人的な理由なんです」
『――執行対象ではありません トリガーをロックします』
シビュラシステムはあくまで『槙島聖護』を『善良な市民』だと云う。なんとなく分かってきた。どうしてあんなに上手くいっていたのか。どうして彼を見つけられなかったのか。
織は舌打ちをしてドミネーターを棍棒を握るように構えた。槙島は楽しそうに笑う。
「疑わないのかな、君は。その銃口を」
「はじめから信じてませんよ、こんなもの」
「……ほう?」
「僕はシビュラなんて――どうでもいい」
▼
「罪重と連絡がつかないだと?!」
「一時間ほど図書室にいるままだったので通信を試みたんですが……応答がなくて」
宜野座は六合塚に向かって鬼の形相を向けた。六合塚も戸惑った様子でデータを表示する。位置情報は図書室。しかし図書室のカメラには一切彼の姿はない。
「監視カメラはどうなっている?」
「死角が多いのでなんとも言えませんが、一部分映っているのがあります。男と揉み合った際に気絶させられ、連れ去られたようです。ドミネーターとリングは現場に放置されています」
「その後はまた死角に入り込んだ……か」
「そのようです。現在ドローンが調査中」
「犯人との関連や逃走経路の手がかりになるかも知れん。しらみ潰しに探せ」
「了解」
宜野座は苛立つように眼鏡を拭く。目に見えない不安に押し潰されそうだ。誰にも聞こえないような声で彼の名前を呼ぶ。
「……罪重」
その後乗り込んできた狡噛が犯人である少女、王陵璃華子を追い詰めるも協力者の妨害によって逃げられてしまう。捜索の結果、行方不明者の死体は全て発見された。
しかし、王陵璃華子も罪重織も見つかることはなかった。死体の情報も、目撃情報も、街頭スキャナーの記録も一切ない。
彼らは忽然と姿を消した。
/20130306
← back →
≫
top