:: 13:我思う、故に我あり
都内の大豪邸、泉宮寺宅にて。
今時珍しい、所有者から判断するに悪趣味にしか思えない、本物の暖炉がある広間に槙島と織はいた。
蝋燭の光。木製の家具。ソファーの革は本物だろうか。座り心地は悪くない。
「最も狡猾で、いくら狩り殺しても絶滅の心配がない動物はなんだと思う?」
「人間でしょう」
「……ヒト」
「簡単すぎたな」
泉宮寺が肩を竦める動作をするが、それはあまりにも機械的だった。それもそのはず。彼の身体は神経系統を除けば全て機械でできている。姿は人間に限りなく近いが、まだ人間との差を感じる機械の身体。
デスクの引き出しを開け、パイプタバコを取り出す。槙島はそれに興味を示すが、織は虚ろに外を眺めるだけだった。
悪趣味にしか思えなかった。それを取り出した時の表情に、ひどく嫌悪を覚えた。鼻の奥がツンとして、胃の中身がせり上がってくるのを堪えた。
「象牙……ではありませんね」
「人骨だよ。このパイプは、マウスピース以外は王陵璃華子の骨だ」
「……所謂トロフィー」
「そう。トロフィーを触っていると、心が若さを取り戻すんだよ」
「肉体の老いは克服した。あとは、心ですか」
「左様」
織の瞳が不快げに細められる。それを槙島は見逃さない。
「織、どうかしたかな?」
「……いや、別にいいです」
「構わないよ。言ってくれ」
織は苦笑して、泉宮寺に視線を向けた。
果たしてこれはいいのだろうか。有力な協力者を貶すように仕向けるなんて、槙島さんは悪いひとだ。
「人間を語るとき、現代人は大抵"精神"に重点を置く。『我思う故に我あり』、即ち思考する自分こそが自分という存在を確かなものにする……そう考えたデカルトの言葉こそが精神哲学の根本を支えている。デカルトに言わせれば、身体は単なる容れ物にすぎなかった訳だ。 しかし"身体"の哲学は生まれる。精神だけでは語れないことだってある。その次は身体の健康と精神の健康は、互いに影響を及ぼしあうと考えられるようになった……」
ここで一度地球が壊滅しかけ、シビュラによって再び"精神の健やかさ"が最重要視されるようになる。最早精神のみで決定されるような世界になった。
「ならば、その機械の身体は何になる? このおかしな時代、体は健康でも精神が死に結果として"死ぬ"者は実例としてある。まさに彼女の父親のようにね。……しかし、貴方は身体は満ち足りて心はまだだと言う。だとすれば貴方は先に心を満たすべきだったのでは? こんな不完全な身体を満ち足りたと錯覚するような心など、不完全極まりない」
織の言葉に泉宮寺は表情を凍らせた。
あと一押しで詰みだ。
「ちぐはぐで矛盾を抱えた不完全な肉体にいつしか完全な心が宿るとでもお思いか?」
底冷えするような声音。忌々しげに細められた瞳。
暖炉の木が燃える音だけが部屋に響く。暫くして見かねた槙島が声をかけた。
「泉宮寺さん」
「……怒ってなどいないよ、槙島くん。やはり君たちは面白い」
「そうですか?」
織は不快げな表情を隠そうともせず、また外の景色に向き合い唇を噛み締めた。
ついつい調子に乗って言いすぎた。あとからお咎めを受けても仕方ないくらいの大失敗だ。
自らここに来たのに、こころは不安定に揺れている。ちょっとしたことで感情的、感傷的になってしまう自分さえ憎い。
槙島は薄く笑って、織を出口へと導く。
「すまない。付き合わせたね」
「……別に」
「怒ったかい?」
「そう見えますか」
「どうだろう。部屋で待ってると良い。話は伝える」
「ありがとうございます」
織は泉宮寺が好きではない。寧ろ嫌悪さえしている。槙島が退室させてくれて、本当に感謝していた。あのままではどうかなっていただろう。
織はあのとき、図書室で、槙島の手を取ったのだ。紛れもない自らの意思で。
刑事課の皆を裏切って、いま織は此処にいる。罪を問われれば甘んじて受けるつもりもある。ただし、自分の納得できる真実に辿り着くまでそれはまっぴら御免だ。
謝らなければならない。
裁かれなければならない。
それでも。
/20130317
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