:: 15:鉛の世界
狡噛は廃棄区画に降り立った。昨晩、常守に送られてきた船原ゆきからのメールの指定場所だ。
常守に装備を出してもらい、彼女のナビゲーションと共に地下に潜り込んだ。ひどい臭いにあてられながら奥へ進む。その先には気密扉がある。進むべきか、否か。指示を待つ。
『その奥は――』
無線に不意に走ったノイズ。常守からの通信が途切れた。
「おい、監視官! どうした?応答しろ」
『……感度良好。そのまま進んで下さい』
呼びかけに応じ、何事もなかったかのように再開された無線に違和感を覚えた。しかしナビゲーターは彼女だ。指示に従う。
「なんだ、こいつは……?」
地下鉄らしき駅に出た。あたりを見回す。随分と古くなっているが、廃線になったものだろうか。地下事情には生憎詳しくない。
『廃棄された地下鉄路線です。車両を捜索して下さい』
無線の指示通り、車両に乗り込んだ途端に車両が動き始めた。飛び降りようにも、たちまち汚水が湧き出て、地下通路が水没を始める。逃場はない。
そうか、嵌められたのか。直接誘うのではなく、常守を介して。代理でやって来ると踏んで仕掛けてきたのだ。してやられた。
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「狡噛さん!聞こえてますか?応答して!」
マップ上、徒歩ではありえない速さで動き始める狡噛の現在位置情報。モニターの表示が、画面から出ていってしまった。
無線に呼びかけるも、応答はない。まさか、そんな。呆気に取られる。
彼は今何に直面しているのだろうか。
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車両はそのまま加速を続け、古びた地下路線をどんどん進んで行く。同じことを繰り返す無線が腹立たしい。
なんとか苦労して一両目に移れば、運転席で袋を被せられ、後手に縛られたネグリジェ姿の女性を見つけた。
拘束を解いて確認すると、彼女は常守の友人、船原ゆきだった。泣き出しそうなゆきを宥めながら、次のことを考える。どうすればいい。何が最適なんだ。
暫くして、車両が停止した。
「停まった……の?」
「降りろ、って意味かな」
車両から降りれば、そこは変哲も無い地下鉄の駅だった。ナビを起動してみたが圏外だと無慈悲に表示するだけだ。
手持ちのライトであたりを照らせば、ドアがある。あとは全て塞がれており、これ以外に進む道はない。
「ここに入れ、ってこと?」
金属音がした。車両に何かあったのかと思ったが、少し音の感じが違う。振り返れば、違法に改造された獰猛なドローン犬が迫ってくるのが見えた。すかさずゆきの手を取り走り出す。まるでそれは猟犬のように飛び掛かろうとしていた。
ドアに飛び込み、扉をロックする。猟犬が体当たりしたためにドアが激しくへこんだ。これでは時間稼ぎも数分にしかならない。
ゆきをつれてひたすら通路を走った。通路を抜けると、広い空間に出た。コンテナや古い資材が迷路のように積まれていた。恐ろしいことに、この迷宮には殺人の痕跡が伺える。
鉛の散弾。抉れたコンクリート。褐色の染み。全てが嫌に目につく。
「……なんだここは?」
喉から水分が失われるのを感じながら、呆然と呟いた。これから、何が始まるのか。
ここは泉宮寺の狩りの場所だ。長年の月日をかけて作り上げた、ある種の帝国でもある。
狡噛たちとは反対側、高い位置にあるキャットウォークに、三人の人物がいた。狩りの装備を纏った泉宮寺、暗視機能つき双眼鏡を片手にした槙島、それから何故か人が入れそうなほど巨大なバッグを抱えている織。各々がそれぞれの表情を浮かべて、広大なフィールドを見下ろしている。
「獲物が賢いほど狩りも楽しくなる。槙島君は眺めているだけで退屈しないか? 彼のように狩りに参加してみてはどうかね?」
「僕はここで起こる出来事そのものに興味があるので。第三者の視点で観察するのが一番です」
「……審判気取りなの?」
「うん。それがしっくりくるな」
織は槙島を一瞥して、泉宮寺とともに下へ降りる。悲しき哉、ゲームは既に始まっているのだ。
/20130324
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