:: 16:盲目罪
その場に留まっても仕方がないと進んだ先でバッグを見つけた。中身はケミカルライトとペットボトル飲料水、それからトランスポンダ本体。バッテリーとアンテナ素子がないが、逆にそれさえ見つければ助けが呼べるということになる。
これは一方的な暴力や蹂躙ではない。こちらにも反撃の機会があるように調整されている。そのために攻略アイテムまで用意されているのだろう。まるでゲームのようだ。
ひとまずケミカルライトを発光させてから投げた。光源を持っていても的にしかならない。
あちこちに置かれている罠を避けながら、二人は進む。ゆきがまた新しいバッグを見つけた。
「……え? ちょっと大きすぎない?」
「下がっていろ」
ゆきを制してバッグへと近付く。持ち上げようとしたが、アイテムにしてはあまりにも重い。しかし持てない重さではない。これを持って走ることは出来るがリスクを回避するために開けることにした。
「ひっ、人……?! 人がっ!」
「……まさか、織なのか?」
中には縛られ、目隠しをされ眠らされた織が入っていた。間違える筈もない。艶やかな白銀の髪がさらりと手のひらを滑り落ちる。彼が着ているパーカーは見覚えがあった。
「こ、狡噛さん……この人と知り合い?」
「ああ、同僚だ。行方不明になっていたが、こんな所で再会するなんてな」
急いで縄と目隠しを外し、体を揺さぶる。暫くして外からの刺激に反応したのか瞼がぴくりと動いた。うっすらと目を開く。
「……っ、ここ、どこ」
「俺だ。わかるか、織」
「っ、はい」
狡噛は織に状況を説明し始める。
しかし、実のところ織は狡噛以上に事態を把握していた。織は狡噛のもとに送り込まれた『アイテム』だからだ。それを悟られぬように戸惑ったふりを装いつつ、相槌を打つ。
手がかりを探すのを手伝うため、織は立ち上がった。その前にやることがひとつだけ。腰に取り付けられた鞄からサンダルを出し、ゆきに差し出す。
「あの」
「……な、なに?」
「よかったら、使って」
「あ……あり、がとう」
織は血が嫌いだ。頭からつま先まで浴びることだってある。そういったときの対策で護送車の中に必ず置いていたものだ。王霜学園のときは一式を持ち歩いていた。
槙島に連れ去られた時の状態にして欲しいと言ったら、あっさり返して貰えたのだ。
「……奴らの注意をそらす。あんたはここに隠れていろ」
荷物をゆきに預け、狡噛は織に鋭い視線を向けた。攻撃へ向かう合図だ。
「どうするつもり?」
「猟犬から潰すんでしょ、手伝う」
「飲み込みが速くて助かる。行くぞ」
「分かった」
「……き、気を付けて!」
走り出した二人を送り出し、ゆきはバッグを抱き抱えて座り込んだ。不安で心臓が痛い。
織と呼ばれていた彼はどんな人なんだろうか。白くて、綺麗な人だった。朱の言っていた『不思議な人』は、きっと彼に違いない。
「織、これを使え」
「狡噛さんは?」
「これで十分だ」
織にスタンバトンを投げて渡し、狡噛は転がっていた金属パイプを握る。目配せをすると二手に別れて走り出した。
「ほう?」
泉宮寺の視界を白髪の人物が駆け抜ける。想定よりも少し速く、獲物がアイテムを入手したようだ。織に反応し、追いかける猟犬ドローン。猟犬の体当たりをひらりとかわし、体躯に飛び乗った。まるで暴れ馬を乗りこなすようにバランスを取りながら、パーツの隙間にスタンバトンを突き刺す。隙間から激しく火花が散る。
「……なるほど」
向こう側で狡噛がもう一匹の猟犬と泉宮寺を足止めしている。彼の名前を呼んだ。視線さえ合えば、言葉などいらないのだ。
織は胴体に貼り付けられたモノには気付かないふりをして狡噛とポジション入れ替わった。今度は陽動をする番だ。
幸い狡噛はそれに気付いたようで、目的のものを回収していた。猟犬同士をぶつけその勢いを一匹を奥へ飛ばす。その先は向こうが仕掛けた罠だ。無数の刃が鋼のボディに突き刺さる。
「引くぞ!」
狡噛は織を連れて、排水用の溝に飛び込んだ。銃弾を避けながらゆきの元へと向かう。
「狡噛さん!!」
「走れ!」
ゆきと合流し、さらに入り組んだ場所を目指して走る。
狡噛が先程回収したのは携帯トランスポンダのバッテリーだ。あとはアンテナ素子だけだ。織だけがどこに隠されているかを知っている。だが、これはゲームだ。狡噛が導いた答えが円滑に進むようにするのが織の役目。
長い間走り続けたのち廃材の物陰に隠れる。ゆきはもう消耗費しきっていた。
「……ねぇ、慰めたり、励ましたりしてくれないの?」
「悪いが、考え事の最中だ」
「……悪いけど慰め方なんて分からない」
「いいから何か喋って。あんたたち、黙ってるとなんか怖いんだもん……」
狡噛がやっと口を開いたと思えば、推理の展開だ。織に至っては、喋れと言われているのにも関わらずだんまりを決め込んでいる。
「織、悪いが服を脱いでくれるか」
「はぁ?! 何考えてんのよ、こんなところで!」
「……分かった」
「ちょ、ちょっと! なにあっさり脱いでるのよ! あなたも抵抗しなさいよ!」
「確かめたいことがある」
完全に不貞腐れていたゆきだが、これでもかと言いたげに叫んだ。織の対応にも食って掛かるが、織は無表情のまま服を狡噛に渡した。狡噛は真剣に服を調べ始める。
「こんなド変態が公安局の刑事だなんて……」
「よし、終わった。次はあんたの寝間着をよこせ」
「っ……」
「生き残りたければ言うとおりにしろ」
ゆきは渋々、ネグリジェを脱いで渡す。織が気を遣って、自分のパーカーを脱いでゆきに掛けた。
「っ、ありがと」
「どういたしまして」
狡噛はネグリジェを調べるのを止め、間に立っていた織を押し退けてゆきを見た。
「あんた、寝るときは下着を揃えないのか?」
「え……? これは、昨晩つけたのじゃないよ。何で?」
「ブラをよこせ」
「あっち向いてなさいよ!」
背を向けた狡噛にゆきはブラを投げてよこす。織から借りたパーカーを不安そうに手繰り寄せた。
織は何も言わずに狡噛を見ている。そしてついにブラのワイヤー部分からからアンテナ素子を見付け出した。
「……最後のひとつは、あんたが隠し場所だったんだな」
「じゃあ、これで助けが呼べるってこと? よかったぁ……」
狡噛がトランスポンダで公安局に助けを求めるのを見てひとまず安堵する。しかし、これで終わる筈がないというのが現実だ。まだ気を抜けない。
狡噛の横顔を盗み見る。やっぱり頼もしいなあと思った。
/20130324
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