:: 18:なまくら
無機質な部屋。ベッドの上に横たわる人間にはたくさんの医療器具が取り付けられており、一定の間隔でぽたりと落ちる点滴の音が鼓膜を微かに揺する。
お互い終始無言。傷に臥す狡噛の見舞いに訪れた常守は、切り出す言葉を探しては唇をきつく閉じた。
一呼吸置いて、向こうからずっと聞きたかったであろう疑問が投げ掛けられる。
「織は槙島が……?」
「はい。そのまま連れていきました」
「生きてるんだな」
「……ええ、おそらくは。殺すつもりはないような口振りでした」
「そうか」
心持ち嬉しそうな表情を浮かべる。よかった、とは言わなかった。この状況は極めて不味い。疑問と課題は山積みだ。
常守のサイコパスのダメージはそこまで深くなかった。これは喜ばしいことなのだろうか。悲しんでいても、それは現象として現れない。彼女には自嘲の笑みが浮かんでいた。
だれもが疲弊し、亡霊に過ぎなかった『槙島』と云う現実に膝をつく事になった。
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目を開ければ、白い部屋に寝かされていた。施設のようなまるきり無機質なものではなく、枕元には観葉植物が置かれ、窓からはホログラムなのか本物なのか区別のつかない庭が見えた。
誰かが隣に腰掛けて本を読んでいた。彼だ。彼は自分が目を覚ましたことに気が付いて、栞を挟み、こちらの状態を伺ってくる。
「治りが早くてよかった。それにしても随分と無茶をするものだな、君は」
「……それは僕という意思を持つものを組み込んだ際に生じるもの。主催側が考慮に入れるべきもの。そうでしょう?」
「責めるつもりはないよ。言い方が悪かったかな」
治りかけの体を起こして、差し出されたオートサーバーの紅茶を口に含む。美味しくない。やはりこうなったな、と心中で笑いながらチューブに入っている栄養補給食品のキャップを開けた。まだ固形物を胃に入れる気分にはなれない。
「三日もすれば、傷口は完全に塞がるよ。そうしたら君に見て貰いたいものがある」
「ふぅん」
「取り敢えず、治療に専念してくれ。読みたい本はあるかい?」
「いいよ、槙島さんのおまかせで」
何を持ってきてくれるんだろう。僕の好みと彼の好み、どちらを優先させてくるのだろうか。
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謎のヘルメットを被った男が女に馬乗りになって、頭部を執拗に殴打している。まわりは互いに顔を見合せ、笑いながら、まるで事件など起こっていないのだとでも言いたげだ。
こんなもの、病み上がりの外出の気分転換には不向きすぎる。気分が悪い。
「……爆発とか起きないかな」
「物騒ですよ」
「知ってます」
嫌悪を露に不機嫌な織と、動じずに光景をムービーにおさめるチェ・グソン。織は、あのときの運転手――それだけのイメージしかないが、案外言葉は柔らかく饒舌だった。
「吐き気がする」
「お嫌いですか?」
「……奴らを育み育てたシビュラがね」
「それは俺も同意見です」
「槙島さんは僕にこれを見せて、どうさせたかったんだろう。……再確認、とか? 面倒だな」
眉をひそめて、まだ続く暴行を見つめる。はじめは抵抗していた女も、いまはぐったりとされるがままだ。
気に入らない。この世界、何もかもが。
「そろそろ引き上げますかね」
「……あ、お疲れ様です」
「いえいえ」
マフラーに顔を埋めて、グソンの後に続いた。冷えた空気は、頭を冷やすまでには至らない。
せっかく傷が癒えた直後なのに、胸糞悪い気分だ。帰ったら槙島を不意打ちでもして殴ってやろうか。あっさり躱されそうだけど。しかし、それくらいには苛立っている。
槙島に? 世界に? シビュラに?
どれだろう。どれだって良いのだ。結局すべては正解なのだから。
/20130324
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