:: 21:脊髄を染めていくもの
最上階の一階下でエレベーターが止まった。常守はヘルメットを被って大丈夫だと狡噛に頷く。
業務用はは89階まで、あとは非常階段を使うしかない。待ち臥せを警戒して飛び出し、すぐに非常階段に入る。上へと続く階段を全力で駆け上がるが、踊り場に待ち構えていたヘルメットの男がネイルガンを発砲してきた。
発射される釘を避けながらドミネーターを構え、標準を合わせる。
『――執行対象ではありません トリガーをロックします』
「……え?」
ドミネーターは効かなかった。ヘルメットの交信範囲が広いのか、それとも槙島が近いのか。なんにせよ、緊張は抜けない。
次々と発射される釘。なんとか今まで避けていたが、ついに常守の太腿に釘が刺さった。狡噛は素早く男を倒してから蹲る彼女に駆け寄る。
「監視官っ!?」
「……大丈夫。何でドミネーターが効かなかったんでしょう?」
「ここには槙島がいるからな」
「ヘルメット、被り損でしたね」
常守はヘルメットを脱ぎ捨て大腿の応急処置に取りかかった。ここで下手に釘を抜けば、失血のショックなどまずい事態にもなりかねない。焦りは禁物だ。
「止血したら、また歩けます。先に行ってください」
「でもあんたは……」
「槙島を逃がさないで!これは命令です!」
常守のその強い言葉に頷き、狡噛は先に進んだ。残りの階段を一気に駆け上がる。その先には――槙島たちがいる。
▼
最上階。アンテナ区画に出た。
間髪入れずに糸鋸を装備したヘルメットの男が切りかかってくる。刃が狡噛の体を切り裂く。傷自体はそれほど深くないものの、切られた範囲は広いし出血も多い。
「くそっ!」
狡噛は先程の男から回収したネイルガンを腰から引き抜いた。素早く構えるが、狡噛が攻撃を仕掛ける前に男は呆気なく倒れた。
「は……織?」
その代わり、その男を倒した本人を見ることが出来る。仄暗い空間の僅かな光を反射して、色素を失った髪が見えた。
この色を、狡噛はずっと前から知っている。間違えるはずもない――罪重織だ。
そして彼は無表情に、その銀の瞳を狡噛に向けた。ふたりに沈黙が訪れる。そこに言葉など、一言たりとも存在しなかった。
ただ一度視線を交わらせただけで織は満足げに微笑み、狡噛に背を向けて歩き出す。
「待て、織!……っ、くそ!」
追いかけようとするが、また別のヘルメットの男がチェーンソーで切りかかる。なんとか片付けて辺りを見回すが、やはり織の姿はない。視界の隅に別の扉がある。槙島を殺したら、その扉の奥を調べなければならない。
螺旋階段を見上げ、一息つく。そこに槙島はいた。自分を見つけ、ようやくその腰を上げた。
「その傷でよくやるもんだ」
頭上から話しかけられた。自分はこの声を知っている。奴はやけに綺麗な顔をしていた。なんの因果か、織と同じ白い肌と白い髪の男だ。
靴音が響く。槙島が近付いてくる。狡噛の思考が加速する。奴は微笑んでいる。自然と口角が上がる。
「お前は、狡噛慎也だ」
「お前は、槙島聖護だ」
やっとここまで来た。長い時間だった。奴はすべての元凶だ。すべての歯車が狂った原点だ。そして、これで全てが終わるのだ。
狡噛が槙島を殺すことが出来たのなら。
▼
「……いいのかい、見届けなくて」
「好きな人ふたりが殺しあうのを見るのは、あまり気分が乗らないもんだよ」
織が半ば逃避のためにくぐった扉の向こうには、どこか見覚えのある男がいた。たしか話題の若手議員だったような気がするが、生憎執行官に政治は関係ないので記憶にない。
話しかけられたことに驚きつつも、探りを入れるために取り敢えず言葉を返せば、男が笑った。
「驚いたな。君は聖護くんと狡噛慎也のことが好きなのかい?」
「うん? 好き、って言ってもあんたが期待するような好きじゃないよ。勝手に慕ってるだけだから」
こんな感情、きっと誰にも理解されない。
織は自嘲気味に薄く笑って、男に向かい合った。
「で…"狡噛慎也"と"聖護くん"。槙島さんの知り合い? はじめましてではなさそうだけど、あんた、誰?」
「君と直接会ったことはないかな。でも、君たちは三年前、僕を必死になって探してくれたよ」
ぞわぞわと、織の脊髄が嫌悪の色で染まった。この吐き気は、昔に味わったことがあった。記憶に間違えがなければ、この男は、あのときの――
「え…? なに、もしかして、あのときの藤間…なの?」
「そう、僕は藤間幸三郎。覚えていてくれたんだね。素直に嬉しいよ。流石優秀な執行官だ」
「あんたみたいな奴、忘れたりするもんか」
「それもそうか。僕は君に説明したいことがある。それに、君は僕に聞きたいことがある……そうだね?」
「……っ」
「なら、大人しくついてきてくれるかな?」
織は背後から見えないなにかで殴られたような衝撃を感じながら、どこかで納得していた。
やはり、自分の嫌悪は間違っていなかった。この世界はおかしい。そして、このシステムは不完全だ。こんなことはあってはならないはずなのに、堂々と罷り通っている。
このシステムは、一体どうなっている。恨むような視線を藤間に向けながら、その後を追った。
/20130517
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