:: 22:神託の脳髄
つかつかと歩を進める藤間だという男。俄に信じ難いが、たしかに標本事件の時と同じ感じがする。仮に藤間が整形しているとしても、どうしてわざわざ議員になったのか。そもそも、整形だと言い張るには別人すぎる。身長、声、体つき、すべて記憶とは違う。
あれこれ考えているうちにエレベーターホールについた。
「ほら、乗りなよ」
「……」
「大丈夫、命だけは保証するから。それに、君の聞きたいことにも答えてあげられる筈だよ」
「わかった」
男の後に続いて乗り込むと、最上階から地下四階まで降りると言う。地下四階、グソンたちが調べている最中だ。必ずその下に何かがある。彼は自分に何を見せようとしているのか。
「聞きたいことの順番が変わった。その体は何? 整形には見えないけど、義体? そんな高性能なの見たことない」
「当たりだよ。そんな技術、民間に公開されてないからね」
「っ!……じゃあ、あんたに関してもうひとつ。今まで何をしてた? 他にも色んな"体"があるんでしょ」
「……君の勘の良さには感服だよ」
それが執行官に登用された理由のひとつなんだけどね。
そう言って肩を竦める藤間。全身機械の泉宮寺を間近で見たことのある織だったが、こちらはあまりにも自然過ぎた。事実を知った今、逆にこちらの方が不気味に思えてくる。
「僕らは、巷では最も名の売れた存在だ。そして君の人生を弄び、君の存在を切り捨てたその元凶さ」
「まさか…シビュラシステム!?」
「その通り。僕が憎いかい? ところで、質問の順序を変えたんだろう? 最初に何を聞きたかったのかな?」
「……楽に終わらせる方法」
「ん?」
「ずっと、探してたんだけど。天下のシビュラシステムに聞くのは野暮だったみたい」
「……」
「僕のことなんてどうでもいいよ。地下四階より下、何があるの?」
この質問に藤間が押し黙った。丁度エレベーターが停止した。扉が開く。
「グソンさんがまだ息をしてるといいんだけどな」
「朗報だよ、織くん。一係が聖護くんを確保したそうだ」
「そっか、よかった」
狡噛も槙島も無事。本当に良かった。
地下四階から更に下、隠された扉をくぐって誰にも知られていない奥へと進む。よく分からない電子機器の配線が絡み合った空間だ。
「暗いな」
「転がり落ちないようにね」
途中、ヘルメットの男が三人事切れているのを見付けた。……整理しよう。槙島と狡噛が一対一なら、確保には繋がらない。つまり、あとから常守が来たと考えていい。三人で一班を構成しているとグソンが言っていたから、誰かがひとりで乗り込んだのだろう。
「君のお仲間は優秀だったみたいだね」
「っ!」
心臓部らしき部屋の扉が開いている。そこにはグソンのパソコンが繋がれていた。こじ開けたのか。嫌な予感がして、慌てて中に入る。
「えっ……織ちゃん!?」
「縢、さん……」
もう一人は縢だった。グソンたちが侵入したのを追いかけてここまできたらしい。傷は負っているが致命傷ではない。もちろんグソンもいる。
それから、なんだこれは。――敷き詰められた人間の脳味噌。液に浸されて浮かんでいる。まさか、これが、本体?
シビュラシステムは、脳味噌で運営されてたのか? 人の意志が介在しないシステムじゃなかったのか? こんなものに、犯罪者の烙印を捺されて何もかも奪われたというのか?
藤間の存在を認識した時点では、ここまでおぞましい憶測はできなかった。
「アンタ、なんでここに? 槙島の旦那は…」
「っ、馬鹿! 後ろ!」
グソンの背後に、ドミネーターの光が見えた。思わず叫ぶ。
慌ててグソンが手持ちの武器で撃つが、ドミネーターの発射とほぼ同時だった。青い閃光。ぐちゃり、べしゃり、グソンが肉片に変わった。ころころと義眼が転がる。
濃硫酸を浴びたドミネーターの持ち主は、義体の構造を露にしながらも再びドミネーターを縢に向かって構えた。パラライザーは、不自然に形を変えていく。知られてしまったからには徹底的に排除するようだ。
彼らはシビュラシステム。ドミネーターのモードを任意に変更するのは容易いはず。
「っ、くそ…!」
「縢さん!」
「馬鹿、来んな。状況はよくわかんねーけど、織ちゃん。後はよろしくな」
またひとり青い光に包まれていく。何ひとつ残さずに、白い空間に消える。
縢は割りきったような、受け入れたような、清々しい表情と共に消滅した。
「やってらんねーよ、糞が」
デコンポーザー、電子分解銃、跡形もない。義体の方も激しい損傷のせいか崩れ落ちる。その義体の顔は何度も見たことがある顔だった。見慣れた顔が、"皮"として貼り付いている。
織は呆気にとられた。公安局の局長だった。織を執行官に選出したのも彼女だったはずだ。
「こいつもシビュラだったのか…? 笑えないにも程がある」
「驚くのも仕方ない。なんせ公安局のトップだからね。官僚に僕たちは多いよ」
シビュラの正体。仲間の死。様々な現実が、ことくごとく織を追い詰める。崩れ落ちそうになる膝。ぐらぐら。目眩がした。
/20130519
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