:: 23:エラー・エラー
「すまない、体を替えてくる」
息を詰まらせ、なんとか崩れないよう耐える織を藤間が嘲笑った。織がすがりつく亡骸など、この部屋には無かった。片方は完全に消え去っているし、もう片方は下半身と義眼がぐちゃぐちゃに残っているだけ。
藤間が戻ってきた。その体は足元に転がる残骸と同じ。
「……局、長」
「この顔触れで顔を合わすのは採用以来だろう。僕が君を選んだんだ。懐かしいかい? それとも、吐き気がするかい?」
「…っ、く!」
「いいんだよ、罪重執行官。君は不完全だ」
「は、執行官?……まだ登録抹消されていないの?」
「特例登録という形を取っている。一応は行方不明扱いで刑事課の所属からは外されてはいるが、権限は残っているから使えるよ。利益になる可能性があるうちは、だがね」
「……そう、なんだ」
聖護くんを誘うんだ、手伝うよね、と藤間は笑いかけた。まずは君のご主人からの報告に対応するんだ、ついてくるかい? お茶でも飲もうよ。次々に投げ掛けられる言葉に虚ろに頷く。
いま、自分は何も出来ない。まるで無力だ。
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「……くそ」
壁一枚隔てた部屋に宜野座がいる、そう考えるとなんだか不思議だ。
長らく会っていない。声が懐かしい。残りのみんなは無事なようだけれど、直接会って確かめて見たかった。もしかしたらこの生温い思い出を最後に、二度と会えないかもしれない。どちらかが死体に変わり果てぬとも限らない。
結局、自分が選んだ選択は滑稽極まりないのだ。こんな状態では、紅茶の味もよくわからなかった。
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「……ん? 厚生省にでも行くの?」
「察しがよくて助かるよ」
連れ出された先はヘリポート。プロペラによる風が織を押し戻すかのように吹いている。髪が暴れるのを手で押さえて入り口に立つ藤間を見た。その手は、紙の本を持っていた。
「ん? 『悪徳の栄え』……槙島さんから借りたの?」
「いや、ごたごたで紛失してしまってね。同じものを探すのに苦労したよ」
「はは、どうせ初版だろうからオークションで高値だったでしょう」
「その通りさ。よく分かってるね」
軽口を叩ける余裕はある。大丈夫だ、落ち着け。きっと行ける。槙島さんのことだ、逃げ仰せる算段は立ててあるに違いない。
扉の先に、槙島さんが横たわっている。僕は扉の中には入らない。彼の行動の阻害にならないように、姿はぎりぎりまで見せない。
槙島さんがシビュラの誘いに乗るかどうか。たぶん、藤間には悪いが乗らないだろう。やはりあの人は審判なんて柄じゃない。気取ったって決まらないのだ。だから、彼は拒む。
……ほら、拒んだ。
別に拒んだこと自体に喜んでいるわけじゃない。ただ、槙島聖護という男が存在している現実を認識できただけ。
部屋へと飛び込む。義体の藤間に関節技を決めている最中だった。槙島さんは一瞬驚いた様子を見せたが、ふわりと笑った。もちろん藤間への攻撃は緩めない。
「……おや、織か」
「久しぶり。ご機嫌いかが?」
「『世界の関節』を外している気分だよ」
「それってさ、良いの? 悪いの?」
「織はどう思う?」
「うん、きっと悪くないと思うよ」
ごきり、二人で関節を破壊する。槙島さんは脳にまで手を出す。いくらシビュラといえども脳だけは替えがきかない。損傷したら最期。喚く藤間。槙島さんはそれを冷ややかに見下す。彼の表情にどきりとした。
「僕はね、この人生というゲームを心底愛しているんだよ」
「や……やめろ!」
頭に亀裂。強引にこじ開けてパッケージされた脳を剥き出しにした。囁く声はどこか狂気を感じさせる。
「神の意識を手に入れても、死ぬのは怖いか?」
ヘリのドアをこじ開けると、ひやりとした冬の空気が流れ込んできた。この機体はもうすぐ墜落する。その前に飛ぶなりなんなりして脱出しなければならない。
「……うわ、寒い」
「飛び降りることへの心配は?」
「要らないよ、そんなの」
「戻ったらココアでも飲むかい?」
「ふふ、飛び降りる理由にしては上等だね。とびきり甘めがいいな」
「覚えておくよ。じゃあ、行こうか」
寒い。肌が凍てついてしまいそうな寒空のなか、初めて飛び降りた。肌を切り裂くような凍てついた空気の中、必死にバランスを取りながら急降下する。
ああ、こんなにココアが恋しい夜は初めてだ。
/20130716
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