:: 25:鉄格子を食い破ってきみは生まれてきた
狡噛はノナタワーでの一件後、公安局を離れひとりセーフハウスに身を隠していた。ここの鍵は征陸から貰ったものだ。
狡噛はとうとう気付いてしまったのだ。結局『シビュラシステム』という正義では槙島を殺すことは出来ないのだ、と。
常守や宜野座、皆には悪い事をしたと思っている。本当だ。しかし槙島だけはこの手で裁かねばならないと思うのだ。
これは唯一譲れないことだった。
バイクを引いてセーフハウスの外に出た。ここにやってきてから今まで人と遭遇したことはなかった。本来ここには誰も居ないはずだった。
狡噛の視界には一台のバイクと普通のヘルメットを被った男がいる。見間違えではなく、現実に。
男がヘルメットを取れば、数日ぶりに見る白銀の髪、色素欠乏と相まって儚げな顔が見えた。随分見慣れた顔が出てきたものだ。
「どうしてこんなところにいるんだ、織」
「……したいことがあるから」
自分なりに驚いた声を出したつもりだったが、案外腑抜けたような、安堵した声が出てしまう。
「だから槙島と逃げたんじゃなかったのか?」
「んー、色々あるのさ。確率論、的な?」
「気にしないタイプかと思ってたぜ」
「すがらざるを得ない状況になってるのかもね。よく分からないんだ、自分のことも。何故か犯罪係数規定値より下がってるし」
「は? そんなこと起こり得るのか。聞いたこともないが」
「さあ? 僕は初めから異端だったよ。生まれ落ちた時からね」
くすくす笑って、織はヘルメットを弄ぶ。その表情には影が浮かぶが、この場でそれを問い詰めることは出来なかった。
「聞きたいことは山程あるが、立ち話には向かないな。場所を変えるか」
「どこに?」
「ついてこい。それとも後ろに乗るか?」
織はしばし考えた後、自分が乗ってきたバイクをぽんと叩いた。明らかに狡噛のものより型が新しい。
「こっちのが速いよ」
「そうだな。なら借りるぞ」
「うん、どうぞ」
狡噛がバイクに跨る。織もヘルメットを被り直して後ろに跨った。けたたましく響くエンジン音。滑らかにバイクが走り出した。
▼
長い時間バイクを走らせて辿り着いたのは、秩父の山奥、雑賀教授の自宅前だった。
織の記憶にもある。常守は狡噛の紹介で彼にプロファイリングを学んだはずだ。
「雑賀譲二教授だっけ」
「ああ、そうだ」
インターホンを押すと、すぐに雑賀が出てきた。驚いた顔をしたが、何かを悟ったように軽く頷いた。
「ずっとニュースを見ていた。どうやら、とんでもないことになってるな。そっちの少年は監視官じゃないだろ?」
「そうですね、残念ながら」
加えて成人してます、と言えばすまんと一言謝られた。やはり童顔なのだろうか。散々からかわれたことだが、少し落ち込む。
今は犯罪係数も低い上、色相は相変わらずのクリアカラーだ。しかし生憎織は処分保留の執行官でしかない。
「まあ、とにかく入れ」
「すみません」
「えっと、お邪魔します」
雑賀教授はふたりを家の中へと招き入れてくれた。怪訝そうに眉がぴくりと動く。
「おいおいおい。銃まで持ってるのか。物騒だな」
「……わかりますか」
「古くさいリボルバー……であってる?」
それから織にも視線を向けた。
「君のは?」
「狡噛さんとは銃の出所が違いますから、一世代前のセミオートですよ」
「どこから持ってきたんだ?」
「別れ際に頂きました」
少し寂しげに笑う織。雑賀も狡噛も、その意味には気付けない。彼のことを、完全にふたりは知らないのだ。
/20130728
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