:: 28:生ぬるさが僕をかたちづくる
無線機の向こうで言い争うような声がする。宜野座は不安定そうで、常守は随分立派に役目を果たしているようだ。成長したなぁ、と他人事のように感じる。
「……あなたを止めてみせます」
「なら、早い者勝ちだな」
常守の通信を切った狡噛を横目で見る。相変わらず焚きつけるのが上手いものだ。見習いたくはないが感心する。
電源が落ちたのを確認し、ふたりは工場の門を乗り越え、敷地内に足を踏み入れた。
「行くぞ」
「……分かってる」
建物へ向かって駆け出した。
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常守が六合塚と別れ、宜野座たちがいるラボへ急行していることも、そこで常守の予感が的中していることも、織は知らない。
織はただ、自分の勘だけを頼りにラボに向かう。勘は鈍っていないようで、進行方向数十メートル先でで爆発音がした。音のした方へ向かってひたすら疾駆し、その後を狡噛が追っていく。
「……あ、あ」
なんだこれは。なんだこれは。どうして。なにがあった。
崩れた資材で潰されかけている宜野座。爆発時に宜野座を庇ったのだろうか、倒れ伏している征陸。そして、それを見下ろす槙島。
槙島に向かって狡噛が発砲した。それを余裕で避けて槙島は物陰に身を隠した。
「っ……とっつあん」
すぐさま追おうとした狡噛の目に入る、瀕死のの先輩執行官。たまらずに足を止める。
宜野座のすがるような視線から目を背け、狡噛は走り去ってしまう。「悪い、ギノ」なんて、彼は本心から悪いと思ったのだろうか?
征陸の指が息子である宜野座の輪郭を弱々しくなぞった。
目元がそっくり。顔を見てすぐに分かった。眼鏡を外してみれば本当に親子だったんだなぁだと思う。以前征陸から話を聞いたときは半信半疑だった。
「……っ、遅すぎるだろ!」
そうだ、なにもかもが手遅れで破綻している。ヒトの関係も、この世界も。ゆっくり近づけば宜野座が此方を振り返って、生きていたのか、と掠れた声で言った。その言葉を肯定すべく頷いて、征陸の側に方膝をついて顔を覗き込んだ。
薄く開かれた瞼の隙から、瞳に張った水の膜の煌めきが見えた。
「右手、動きますか」
「……罪重」
「瞼、閉じてあげて」
その言葉に宜野座は子供のように涙を溢しながら頷いた。それくらいはしてやらねば悼まれない。
▼
ふたりから離れ、狡噛と槙島のもとへと向かう。タイミングを見計らって、死角から槙島に斬りかかった。槙島に気配を感じられてしまったのか、バックステップで躱される。
「……やあ、織」
「どうも久しぶり」
槙島は織にも刃を向けた。はじめて向けられた槙島の敵意に身震いする。
「君も僕の邪魔をするのかい?」
「……さあ? 僕は槙島さんの世界を望まないだけだよ」
「そうか」
「でも、狡噛さんのしたいように協力するわけでもない」
ただ、僕の願いは下らなくて、つまらなくて、ありふれていて、馬鹿げている。
あのふたりと、なにごともなかったかのように過ごしてみたい。ずっと下らない哲学や文学の話をして夜を明かしてみたい。なんて願いだ。
そんな願いを貫くためにここにいる。織にとってはそれが全てだった。
/20130908
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