:: 30:ギルティホワイト
体を極限まで伸ばして、常守が発砲した。リボルバーがタイヤを撃ち抜いたのか、車両が横転したのが見える。
――よくやるものだ。無茶をする。
さらに速度をあげて走る。
冷たい空気が頬を切り裂いた。気管から肺まで一気に冷えるような冷たさに、つい眉が寄る。
「槙島ァ!」
槙島は畑へと逃げる。織は必死にリボルバーを拾おうとする常守の手を握った。
震えが止まらなかったが、それでも出来るだけ優しく握るよう努めた。
「……織、くん?」
「ごめんなさい。貴女とは毎回違う選択をするみたいだ」
「駄目、駄目です……! まだシビュラシステムとは取引の余地があるんです!」
リボルバーとドミネーターを虚ろな目で見比べる狡噛を見つけて常守が叫んだ。浮き上がる彼女の肩を押し戻して、織は首を横に振った。
悲しいけれど、これ以上は無駄だ。
「さよなら、常守さん」
織の言葉を聞いた狡噛は、ドミネーターを捨て畑へと駆け込む。
右手にはリボルバー。織もすぐその後ろに続いた。
「っ……狡噛さん! 織くん!」
常守の悲痛な叫びは、誰の耳にも届かない。麦がうねるざわめきの一部に混ざり込んで、掻き消える。
▼
麦の穂を駆け抜けながら、槙島は少年へと回帰する。
自分の目に映り込む自然の鮮烈さ、自分がいまこの世界に確かに存在するという確証。ただこの一瞬を永遠と感じ、ひとり笑った。
足音がして、目の前に人が現れた。
朝日の陽光を吸い込む黒髪の体格のいい男と、白銀の髪を橙に反射させる男。
この男たちを、槙島はよく知っている。
「……ひどい出血だ」
「はあ、呆れた。本が一冊書けたって?」
「そう、ニーチェの言葉を思い出すよ」
狡噛は楽しそうな槙島に、疲れた声で返した。またこの会話をするのか。
「『私は血で書かれた本のみ信じる』……だっけか」
「その通り。すべては物語だよ。シビュラシステムという巨大な国家的詐欺を裁くための物語だ。それを書き上げるためには、多くの人間の血が必要だった」
「お前は革命家のつもりなのか?」
「ないね。槙島さんに政治家は務まらない」
「ひどい言い様だな、織」
曇りのない笑顔で槙島は問いかける。ずっとこの時を待ち望んでいたのだろう。
「なあ、どうなんだ? 君はこのあと、僕の代わりを見つけられるのか?」
狡噛はリボルバーを、織はセミオートの銃をそれぞれ構えた。
答えは、もう出ている。
「生まれ変わったら、またやろう」
「いいや、二度と御免だね」
「考えておくよ」
狡噛が撃鉄を起こして槙島の頭部を狙う。引き金を引き、撃ったと思ったところで狡噛の体が倒れ込んだ。弾は当然、あらぬ方向へと飛んで行く。
ドミネーターとは違う痺れが狡噛を襲い、唐突に視界が激しく揺れた。あれは、麻酔銃だったのか。
「っ……?!」
重力に従って倒れ込む。
地面に伏したまま織を見上げれば、織が少年めいた笑顔で唇をつり上げた。
「……残念でした」
まるでいたずらに成功した時の子供の顔だ。少し掠れたその声が、織の変貌に肉付けをしてゆく。
狡噛はこんな織を知らない。
織は、初めからこうするつもりだったのだ。殺めることも、甘んじて殺められることも、彼は認めなかった。
彼は大人になりきれない、ちぐはぐで矛盾を抱えた子供だった。
癇癪を起こすわけでもなく、水面下でひたすら冷静に行動し、望まない世界を拒み、望まない終幕を書き換える。そのための努力や犠牲など厭わない。否、厭うことを知らないのだ。
織がくるくるドミネーターを回し弄ぶのが見えた。狡噛が知る限りでは、こんなことをする織を見たことがない。
彼は、もしかしたらずっと――そこで意識は途切れた。
▼
丘の上に、銃声が鳴り響いた。常守の体から力が抜けてゆく。
――初めて出会うより以前から、ああなる運命だったのだろうか?
常守に入る余地など、最初から存在しなかった。
彼らはああなる運命にあった。つまりはそういうことだったのだ。
/20130929
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