非現実の王国で
泣きやまない白石の傍で、さてどうしようかと思案する。
白石の涙が俺の肩をじわりと濡らす。こんなに後悔するならしなきゃいいのにと呆れつつ、俺ってこんなに愛されてるなとつくづく思う。
結局は俺のせいだし、このまま放って置くわけにもいかない。愛しの彼はどうしたら泣き止んでくれるのだろう。
「ね、白石」
「榮、っ、おれ…おれ……」
「怒ってないから。ねえ、こっち見て」
「…ん、榮」
上向いた顔。涙がぼろぼろと溢れた。それを指の腹で拭いながら、その距離を詰める。
強く噛み締めたのか唇には跡が残っていた。せっかく整っているのになんて勿体無いのだろう。
前触れもなく、その唇にそっと触れた。キスを自分から仕掛けた経験はないから、分からないなりにできるだけ優しく触れた。こんなに緊張するものなんだ。知らなかった。俺はされるがまましか知らなかった。
今まで女の子と比べられたら嫌だからと避けていたけれど、とうとうしてしまった。なにせもう我慢できなかった。それ以外に特別な理由はない。だって、したかったから。
色素の薄い瞳がめいっぱい開かれて、今にも零れ落ちてしまいそうだと思った。
「…っ、ん」
小さく洩れた吐息を絡め取る。少しも零すものかと言わんばかりに吸いついた。たった一呼吸すら、もうぜんぶ俺のものだ。
白石の震える腕が首に回されて、きゅっと抱きしめられる。拒否されないことが嬉しい。
なんて可愛いことをしてくれるんだろう。煽られてるような気がするけど、きっと俺の勘違いなんだろう。ゆっくり唇を離してやる。
「ぁ、っ…榮」
「ん、なあに? 泣き止んだ?」
一番気掛かりだったことを問いかけると、頬を染めて戸惑いながらこくりと頷いた。
「それでさ…えっと、どうする? 今日も泊まる?」
「あー、元からそのつもりやったからもう家には言ってあんねん」
「なんだ、心配して損した」
立ち上がって白石の手を引く。たまには簡単なご飯で勘弁してほしい。あと、お風呂も沸かさないといけないなあ。
「…白石」
「何や」
「俺のこと、ぜーんぶ信じてよね」
また泣きそうな顔になったけど今度は泣かなかった。笑って、力強く頷いてくれる。
それが嬉しくて、俺も泣きそうになりながら笑った。
▼△▼
昨日はびっくりするらい熟睡した。
首の痕は昨日に比べて薄くはなっていたけど、傍目からでも分かるくらいだった。今日は体育がなくて本当によかった。最悪湿布でも貼って「寝違えたー」とか言うからいいんだけど。
二人揃って朝練に行く。
部室で白石を盗み見た。とくに変化はなかったと思う。珍しく鼻歌を歌っていたぐらいかな。
ボール出しを終えて、ボール拾いを始めた俺の元へ謙也くんがやってきた。心なしか眉が寄っているし、いつもの高いテンションではない。どうしたのだろう。
「なあ。白石のやつ、今日ごっつ調子ええやんか」
「…そう?」
「絶対なんかええことあったやろ。せやけど、聞いても特にないとか言いよんねんでアイツ! 俺に隠し事なんてありえへんっちゅー話や!」
彼は怒ってるというか拗ねてる。
それ、ごめん原因俺だ。言えないけど。なんか適当言って誤魔化しておくか。
「さあ…本当に大したことないのかもよ? 例えばめちゃ快便だったとか」
「ぶはっ!」
「朝からうんこネタはちょっとつまらな過ぎるからね。言えないよ」
「…あかん腹筋があかん」
ぷるぷる震えだす謙也くん。どうやら作戦は成功した模様だ。
俺たちの会話を近くで聞いていた財前くんの視線の冷たさで凍りそう。ぞくぞく悪寒がしてきちゃう。
「うんこでツボるとか、謙也さんはやっぱ小学生なんすか?」
「小学生ちゃうわ! や、せやけど! 榮がうんこ言うのじわじわくるねん!」
「はあ?」
「あー、それは分からなくはないですわー。榮さん上品オーラありますもん」
「別に俺、お上品にまとまってるつもりはないんだけど」
「自分、ええとこのお坊ちゃんやんか。言葉遣いとか怒られたりせぇへんかった?」
「別に跡取りじゃないし」
「ええとこは否定しないんすね、ほんま嫌味っすわー」
「馬鹿らしい」
「あー! あかんで榮! 大阪人にバカは禁句や!せめてアホいえや!アホちゃうけどな?!」
「この発言がすでにアホくさいという矛盾」
「謙也さんって本当アホなんちゃいます?」
「なんやと?!」
ぎゃーぎゃーヒートアップし出した会話から、視線を白石に向ける。目があった瞬間、至極楽しそうに微笑まれた。
昔なら嫉妬混じりの暗い視線が返されたのに、今日は違う。どうやら今日はお咎めはないらしい。まあ絶好調らしいし。
今日みたいに全てが上手くいけばいいのに。彼を不安にさせない世界が作れればいいのに。途方もなく、俺は願ってやまないのだ。
2016/11/04
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