パラダイスロスト
夏が終わった。
――夏の大会が終わった。
――――最後の大会が終わった。
あんなに大事に積み上げて来たものが、あっさりと壊れてゆく。榮は事実を飲み込むのに、随分と長い時間をかけた。
コート脇に立ち尽くす彼を観客席から見下ろす。彼の表情は計り知れない。彼の感情は推し量れない。
負けたら終わり。
たったひとつ、単純明快なルールだ。
勝ったものだけが次へ進むことができ、負ければそこで終わり。
救済などはない。砂の牙城を築くべくして全国の少年は身を窶し、夢破れては崩れた砂の塊に涙する。
ああ美しい。なんてきれいなのだ、と思う。
生ぬるい永遠より、刺激的な刹那の方がいい。そちらの方が、きっと楽しい。
壊れない方が恐ろしくて、壊れてしまう方が当たり前だ。榮はそれを愛しいと思った。
それが彼の道半ばの結果であったとしても。
▲▽▲
「いいよ」という言葉は、俺たちにとって赦しを意味しない。
そう、合図だ。
理性を捨てろという合図。本能に身を委ねよという合図。
「いいよ。ねえ、白石。好きにしていいよ」
「榮っ…!」
会場から戻ってきたホテルの一室。
俺たちは部屋にふたつあるシングルベッドのうちの片方に身を寄せて座り込んでいた。押し付けられた肩口に湿ったものを感じながら、丸まった背中をあやすように優しく撫ぜる。
白石は皆の前では泣かなかった。最後まで気丈に部長として振る舞って見せた。
さすがだ。俺が見込んだひと。
「我慢できて偉いね。でも、もういいんだよ」
引き攣った呼吸音と、ぐすぐず鼻を鳴らす音、堪える嗚咽。布擦れの音、まばたきの微かな震え、奥歯の軋む音。
部屋に満ちた鬱屈したそれに、俺は微笑んで己を差し出す。
「ねえ、ぜんぶ頂戴」
懺悔なんてくだらないもの、捨ててよ。
肩に勢いよく歯を立てられ、今までにない痛みに思わず息がひゅっと漏れた。
悲鳴にならないよう声をできる限り圧し殺して、きつく目を閉じる。ハナから萎えさせてはいけない。
「っ、榮、榮…! あ、うぅ……ぅ、う」
今まで押さえ込まれていた嗚咽が音になり、部屋に散乱する。
ああ、なんて気分がいい。
「ぁ……あ、は!」
「榮、榮ッ……!」
彼は刻まれた歯型に満足できなかったのか、さらに傷口を深くしようと鋭い犬歯が食い込んだ。流れ出した血を舐められる。生温い感覚に、くらくらした。
堪らなくなる。優越感と、なんとも言えない非現実感。例えるなら、そう。脳髄が焼き切られそうな感覚。
まやかしの液に漬かったまま見る夢とは違う、ホンモノの感覚だ。
思わず笑みを浮かべると、閉じた視界の向こうで彼も笑った気がした。
喪われた楽園は、またいちから作ればいい。簡単なことだ。
2018/05/28
あと2、3話で終わる予定です(最早詐欺の粋に達したコメント)
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