| 夜の歩き方 |
※黒トリ争奪戦
「残念ですけど、おれは外してください」
まったくもって残念そうには見えない顔で、少年はそう切り出した。上層部の面々の顔がたちまち曇る。
「最後の露払いで、トリオンはほとんど残っていません。ご期待には添えないかと」
「なっ…?!」
「他の戦力はほぼそのまま温存できています。決して間違った選択ではないと思いますが」
「なるほど。そういうことならば、本部内で待機してくれ。ご苦労だった」
「鍔本了解しました。失礼します」
些か動揺が見られた様子を無表情で眺めて、少年は踵を返す。答え合わせは、きっと今日中だ。
◇
ーーイマイチ読めない、そして腑に落ちない。
周は仮眠室のベッドに腰掛けながら、ひとつひとつ情報を整理していく。
玉狛支部にいるとされる黒トリガー使いの近界民、遠征部隊による争奪作戦。周はそこから離脱するように仕向けられていた。否、仕向けられたと言っても最終的に周自らが下した決断だった。
離脱直前で敵襲に遭うという予知はあらかじめ聞かされていた。その際にひとりだけで露払いをして欲しいと頼まれたのは事実だが、言われなくとも周がそうするのが妥当だと判断したから従ったに過ぎない。
そもそも、周ひとりに限局して戦闘から離脱させる意図が分からない。迅のことだ、絶対に黒トリガー使い本人の見ていないところであれこれと画策するに決まっている。そいつを引き入れたいと願っているなら尚更に。
複数人による戦闘において、周ひとりだけを排除するメリットなどないに等しい。厳密にいえば船酔いでダウンした冬島隊長も離脱しているが、そこははじめから折り込み済みだろう。上層部の反応から察するに、強いて挙げるならば――
そこで思考が途切れる。残念ながら時間切れだ。答えに辿りつく前に決着がついてしまったようだ。わざわざ確認するまでもない。遠征部隊の敗走によって、作戦は終了した。
大きくのびをして、欠伸をひとつ。
「さて、行きますか」
◇
廊下の奥から現れた人影に、周はようやくその顔を上げた。そこには目的とする人物がいつものポーカーフェイスを浮かべて立っている。
「あれ? 周、俺のこと待っててくれたの?」
「待機命令」
「お! そうきたか」
「……は? 誰のせいだと」
「はははは」
待ち伏せていた相手である迅が、豪快に笑ってバシバシと周の背中を叩く。それは案外疲れた体に響いた。
「…ところで」
「やっぱり気になる?」
「確証が持てないだけ」
「それを気になるって言うんだよ」
歩き出した迅に続いて、廊下を進んでゆく。
「周を単独で玉狛支部に差し向けて、っていう未来もあったからね。どうしてもその線は消したくて」
告げられた答えに、周の顔が歪む。
最後に思い至った可能性は間違いではなかった。顔馴染みの周を送り込んで、ボーダー最強格の玉狛第一を無抵抗のまま完全無力化し、残された黒トリガー使いを最大戦力で叩くという作戦。それは周が一番恐れていたことでもあった。
受け入れ難い司令ではあるが、かと言って飲めないこともない。感情論を置いておいて、できるかできないかという話ならば間違いなく『できる』。トータルでそうした方が穏便に行くと言うのならば、周は汚れ役だろうがなんだろうが構わず遂行できるーーそう言う『割り切り』ができる人間だという自覚はあった。
「聞かなきゃよかった?」
迅の問いかけに、周は噛み締めていたくちびるを開きそっと息を吐き出す。そして小さくかぶりを振った。
「それはない。聞けてよかったし、そうしなくて済んだのなら尚更よかった」
「そうか、俺もよかった」
周は笑った。少しばかり歪で不出来だったような気もするが、迅は気にしない素振りで周の背中をぽんと叩いた。今度は、優しい強さだった。
「今度きたらちゃんと紹介するぜ」
「うん、また会いに行く」
新しい出会いに想いを巡らせながら、ふたりは人気のない廊下の角を曲がる。その足取りはなんとも軽やかだった。
2020/07/11
そして風間さんと太刀川さんと合流する(そこまで書く気力がなかった)
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